セクハラ問題。
福田元事務次官だけの問題ではなく
発言する大臣や官僚の発言からは
女性蔑視の感覚が滲み出てきています。
女性蔑視の社会から脱皮するのは
簡単ではない事を思い知らされます。
おそらくこの社会が
男社会として作られてきて
それが身に染み込んでしまっているのだと
思います。
財務省というところから
目をそらすつもりはないのですが
この社会が女性差別社会である事にも
目を凝らして行きたいと思います。
つい先日も
舞鶴市長が巡業中の大相撲の土俵で
クモ膜下出血で倒れた時
素早く土俵に駆け上がり
救命措置を施した女性に
「女性の方は土俵から降りてください」と
場内アナウンスを繰り返していた事が
問題になっていました。
「伝統」の名の下に
女性差別を温存してきた角界。
ぼく自身、大相撲は好きですが、
ぼく自身の中にも
蔑視感があるのかもしれません。
常に自分の中の差別意識と
戦うのでなければ
この染み渡った差別社会を
変えることなどできません。
ガンを取り除こうとしたら
浸潤が激しく内臓や血管に絡まっている
という状況が、
よくテレビドラマの医療モノの
シチュエーションにありますが、
少し似ています。
「女性活躍社会」などとほざいて
「女性活躍推進法」などという法律を
作っていましたが
これなんかは、
男社会に女性を組み込む発想でしか
ありません。
この社会が男社会である事を変えなければ
本当の意味の女性活躍はないと思います。
角界の問題の時
報道の中に興味深いものがありました。
「明治より前には
女相撲などもあり女性も土俵に上がった。
明治以降『富国強兵』の考え方のもと
社会が女性を隅に追いやった。
角界はその状況の影響を受け
女性は土俵にあげないなどという
『伝統』を作った。」
確かに明治より前の方が
性的解放感があるなと
民俗学の本など読むと感じます。
おそらく現在作られている
女性差別社会は
明治以降作られたものであり
明治回帰を願う現政権の潜在意識から
女性差別が出て来ることは
ある意味当然と言えます。
それに抗うにはまず自分の中の
蔑視感、差別意識を見すえて
戦わなければなりません。