キドラの憂鬱と微笑 -207ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

民進党の長妻議員の報告によると

2~3年後には

「道徳心」「愛国心」が

正規の授業となり

成績もつけられる事になるそうです。

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「道徳心」も「愛国心」も

国家によって規定されるという事です。

自ら考え自ら模索する事と

自然に湧き出る感性の否定です。

「道徳心」「愛国心」という言葉を

ぼくは好んで使いません。

「道徳心」というのは

行い、行動に対し

善悪の価値を

あらかじめ持ち込んでしまいます。

物事は多様であり

その多様さを想像する事が大切であると

思います。

「みんな仲良くしよう」とか

「思いやりを持とう」とか

一面的でしかないと思うのです。

仲良くできない少数派は悪であり

道徳的ではないのか?

思いやりは誰への思いやりであるのか?

思いやりを持てぬ人間は非道徳的なのか?

いずれにしろ

「道徳心」を教育の場に

成績として持ち込む事は本来は

無理な事であると思います。

それが敢えて持ち出されているのは

現政権を考えると

戦前・戦中の「教育勅語」が

頭にあるのは見え見えです。

「道徳心」と「愛国心」を並べているのが

あまりに露骨。

この露骨さを許してしまった

有権者が多数いるのです。

何故一方向に頭を向けさせたいのか?

ぼくは

一人一人が別の方向を向いていても

かまわないと思います。

むしろ互いを傷つけないのなら

皆んな違う方向を向いていても

相手の立場を許容できる想像力が

必要だと思うのです。

これがひょっとしたら

ぼくの唯一の道徳律かもしれません。

これを評価対象にするのは

全く無理です。

現政権は

本気で考えているのだから

しかもこれを成績にしようというのだから

背筋が凍る話です。