よく知られてはいますが
好きな詩人は茨木のり子さんです。
「自分の感受性くらい」とか
「わたしが1番きれいだったとき」などは
代表作と言っていいでしょう。
これらが教科書には採用されていますが
ぼくが好きなこの詩も
我が子の教科書で見たように思います。
(ハンギョレ新聞日本語版の
徐京植氏の文から転写)
徐京植氏と言えば
在日韓国政治犯として逮捕された
徐勝、徐俊植の徐兄弟の弟です。
彼らが不当逮捕されたのは1971年。
1975年には大量の在日韓国人が
不当逮捕された11・22事件が起きます。
当時、
韓国は朴正煕(現バクウネ大統領の父親)
が大統領。
戒厳令が常態化して
韓国民主化が叫ばれていました。
「韓国からの通信」という連載が
岩波の「世界」にあり、
岩波新書にもなっていました。
当時徐京植氏はこの6月という詩にうたれ
獄中の徐俊植氏に
茨木のり子さんの詩集を
差し入れされたそうです。
俊植氏も気に入られ
自らハングルに訳し送ってきたそうです。
京植氏はその事を会った事のない
茨木のり子さんに伝えたそうです。
茨木のり子さんは京植氏の住む京都まで
来られたそうです。
もともと茨木のり子さんは
京都と大阪の間の茨木市のお生まれです。
当時は東京のお住まいだったでしょう。
京植氏はその時の茨木のり子さんを
颯爽と表現されています。
その後に徐京植氏はこう綴ります。
自ら朝鮮語を学び詩人を紹介したり
韓国へ足を運び
エッセイを書かれたりされています。
6月という詩は
ある意味理想の姿なのでしょう。
その理想を
確固たるイメージで描いてくれる詩人。
そういう人が必要だと思うのです。

