キドラの憂鬱と微笑 -159ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

静かな夜でした。

いつも

夜警の見回りをするおじいさんは現れず、

お休みになられたようです。

不安や、たよんないといつも

おっしゃってナースコールを鳴らす

おばあさんも

良くお休みになられていました。

この職業に就いたのは53歳の時。

自分の老いが意識されてくる年齢から

周りには沢山の高齢者が

いるようになりました。

8年前にはまだかろうじて

明治のお生まれの方がいらっしゃいました。

僕の担当エリアでは

最高齢は103歳。

大正生まれです。

矍鑠とされていらっしゃいます。

60年安保の時は40代後半です。

大学の先生をされていたそうです。

次が今年99歳になる方。

この方は認知症の症状がありますが

独特の個性をお持ちで

自分の過去の経験を人生訓のように

語ってくれます。

瀬戸内の島のご出身なのですが

案内役の年寄りが島の若い娘達を連れて

四国のお遍路参りに行くという

風習があるようです。

帰ってくると親戚中から

着物のおさがりをもらうと言います。

日中戦争、太平洋戦争などの中で

沢山あった着物を

供出しなければなりませんでした。

だから戦争は嫌いやとおっしゃいます。

高齢になればなるほど

戦争が嫌いという意思が明確です。

そして男性より女性の方の方が

その意思は明確です。