キドラの憂鬱と微笑 -117ページ目

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

ぼくの働く施設は

フロアがいくつかあり、

各フロアが常時交流するような形には

なっていません。

「お誕生会」などの時は

2ヶ月に1度その2ヶ月の間に

歳をとられた方がフロアの壁がなく

集まられます。

あるフロアの白寿(99歳)を迎えられた

お婆さんは

ご家族の方がお祝いに

真っ赤な上着を用意してくれたのですが

「私はこんな派手な上着を着るような

   生き方はしてこなかった。

   こんなん着るのは嫌や!」と拒否。

ご飯を食べたのはすぐ忘れますが

自分の生き方はしっかり持っています。

別のフロアの方は

とても心配性で、

1つの事にこだわり安心する為に

何度も同じ事をヘルパーに尋ねます。

誕生会に出るのを

「嫌や!嫌や!」と

何度もおっしゃっておられました。

手を引かれ、シブシブ出られたのですが

ご機嫌で戻ってこられました。

「こんな風に手を引いてくれたり、

   おめでとうと抱きついてくれたり。

   良かったわ〜。」

嬉しそうに語られます。

「他の人もあもかもちかやな」

あもかもちかという言葉を

知らなかったのでお尋ねすると

「似たり寄ったりという事や」と

教えてくれました。

他の入居者も歩行は頼りなく

すぐ忘れたり

心配性だったりするという事に

安心されていたのでした。

つまり彼女の自己認識の中に

自分は「変な頼りない奴」と

思われるような存在というのがあるのです。

そして人からそんな風に見られるのが嫌、

というのが、

誕生会に出るのを嫌がっていた

理由なのかもしれません。

「あもかもちか」という

聞きなれない言葉で考えさせられました。

 
認知症は全てを忘却するわけでは

ありません。

自己認識も持ち続けているのです。