釜ヶ崎から② | キドラの憂鬱と微笑

キドラの憂鬱と微笑

施設の介護の事 特に 認知症ケアの事
自分史 振り返り
ファンタジー文学

『海外の難民問題に関わってきた

   「国境なき医師団」は、

   日本の野宿者の医療問題に関わってきた。

   日本は本格的な「支援対象国」となった。

      (中略) 

   「大阪の野宿者のおかれている

   医療状況は海外の難民キャンプの

   かなり悪い状態に相当する」と言っていた。     

   いわば、大阪という大都会の中に

   「第三世界」が広がっている状況である』

(「釜ヶ崎から」より引用)

「難民キャンプのかなり悪い状態」と言う

国境なき医師団の言葉は衝撃的です。

この状況は野宿者を含む日雇労働者に

寄り添う感性を持てない行政には

変えられないでしょう。

「西成経済特区構想」などで

野宿者たちを見えなくなるように

排除していく事しか思いつけないのです。


『大阪市は

   「居住実態のない住民票を消除する」

   と宣告し、

   それに反対する運動団体による

   市役所前での野営闘争や座り込み、

   弁護士の反対声明などの

   反対運動にもかかわらず、

   2007年3月、

   大阪市は2088人分の住民票の抹消を

   強行した」

(「釜ヶ崎から」より引用)

当時は自民公明が推薦する関市長の頃。

実は昨日「釜ヶ崎ふるさとの家」で

これに関連し

釜ヶ崎公民権運動の集会がありました。

{28A366E0-95A8-4CCB-9813-95ACE3BD92BA}

釜ヶ崎のこういう集会に顔を出すのは

ぼくは初めてでした。

思いのほか大勢の方が出席していました。


『2013年1月深夜、

   「こどもの里」のこども夜回りが、

   あいりん総合センターそばの路上で、

   腰を痛めて歩行困難な77歳の女性が

   震えているのを見つけた。

   女性に 話を聞くと、

   兵庫県の甥のもとで暮らしていたが、

   甥は彼女の面倒をみるのに疲れ、

   「あそこなら家がなくてもなんとかなる」

   と言い、その日の夕方、

   釜ヶ崎まで連れて来て

   置き去り(!)にしたという』

(「釜ヶ崎から」より引用)

その後「こどもの里」で

医師に点滴してもらい、入院。

退院後生活保護を受け釜ヶ崎近くの

アパートに住んでいると言います。

やりきれない現代の姥捨ではありますが

釜ヶ崎が最後のセーフティネットに

なったのです。