ドキュメンタリー映画祭に思う事 | キドラの憂鬱と微笑

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明日から

ヒューマンドキュメンタリー映画祭

《阿倍野》2015

です。

明日はまずコンテスト入賞作品上映から

はじまり

「ASAHIZA 人間は,どこへ行く」

藤井光監督

「三里塚に生きる」

大津幸四郎監督、代島治彦監督

監督達のトークを挟み

「戦後在日五〇年史・在日 歴史編」

呉徳洙監督

全部見ようと思います。

1976年関西に来て

その4月30日に

韓国の詩人金芝河氏の

死刑執行を阻止するデモがありました。

確か円山公園から寺町沿いの

洛陽教会までのデモだったように

思います。逆コースかな?

はじめてデモに参加したのがキッカケで

1975年に起きた

「11・22事件」を知り

個別の救援運動に関わりました。

その運動をしながら

個別の「政治犯」の生き方を追う

ドキュメンタリー映画作りに

参加したりもしました。

その影響がぼくには強いかもしれません。

例えば「韓国の民主化闘争」

「部落解放闘争」「三里塚闘争」

そういうものに

政治的意図を持ち関わるよりは

そこに生きる人達の生き方に触れ

そこから多くを学び

自分自身も主体になりたいと

思っていたのです。

今から考えると純粋な学生でした。

その上映会で

高田渡さんと中川五郎さんを

お呼びした事もありました。

今回の

ヒューマンドキュメンタリー映画祭は

例年よりも社会色、政治色が

強いというような事を

主催者というかこの映画祭の

引っ張り手の1人である

伊勢真一監督が言っておらました。

現在の社会、政治の情勢の中で

映画祭自体をひとつの作品と考えて

企画されたとも言っておられました。

でも、ここに集められた映画は

そうは言っても

ヒューマンであるとぼくは思います。

プログラムの中には

見た事がある映画も何点かありますが

いずれもヒューマンドキュメンタリーに

値すると思います。