日常的には「サングラス」の事を
「グラサン」などと言っている人を
見ますが
「色眼鏡」と言っている人は
あまり見かけません。
「色眼鏡」という言葉は
一方的に勝手な色づけをした
フィルターを通して見る事、
つまり偏見で物を見る時に
使われる言葉です。
人は自分側と他者側を分類し
ベン図を仮想しています。
それは幻想なのですが
実は人はその幻想に依拠して
生きているんじゃないでしょうか?
例えばぼくは北海道出身ですが
北海道出身者に
シンパシーを感じてしまいます。
同郷人に
シンパシーを感じる事というのは
よくある事です。
「地方共通体験」があったり
方言として「共通言語」があったり
人はそういう共通性に
同属意識を持つものです。
大阪在住の
地方出身者としてのぼくは
北海道人を見つけると
嬉しくなるのです。
昔学生の頃
地方出身が多かったのですが
北海道は大阪に次ぐ
大派閥でした。
同属意識は強く
友人とそれを
「北海道ナショナリズム」と
言っていました。
ここには実は「色眼鏡」の
萌芽があって
実体のない繋がりに
一種の安心感を覚えるのです。
ここまでならまだ何もありません。
同属意識を高めるために
同属以外を攻撃しだすと
知らず知らず「色眼鏡」を
皆んなかけだすのです。
そこに差別が発生します。
日常の同属意識には
それだけでは実際には
実体はありません。
実体がないから他者を攻撃し
実体を持とうとするのです。
ぼくの中には
そんな色眼鏡につながる
出発点が沢山あると思います。
それが発芽せぬよう
一つづつ摘み取っていく
必要があります。