阿倍野区に住んで
30年近くになります。
昭和町、阪南町、北畠と移り住み
少しづつ西へ微動しています。
静止に入る手前だと思います。
北海道から関西への移動は
大きい西と南への移動です。
最初の京都でも
左京区一乗寺という北の東ハジから
始まり右京区太秦、
下京区西大路八条、
大阪では摂津市の千里丘
そして平野や東住吉を経て
阿倍野です。
慣性の法則のように
僕は西と南に移動し続けて来ました。
時間は長く
距離は短くなってきているので
もうすぐ静止運動になるはずです。
それにしても阿倍野区に入って
ほぼ30年とは
我が事ながらあらためて
びっくりです。
人生の半分を
阿倍野区に過ごしているわけです。
梶井基次郎氏は
31歳の時肺結核で亡くなりました。
生涯で20編余りの短編を
書いています。
代表作は「檸檬」
主人公は京都寺町二条の
果物屋で檸檬を買いますが
京都に行った時寺町二条に
果物屋さんがありました。
それが「檸檬」の果物屋さんか
どうかは分かりません。
大学の頃、
梶井基次郎さんの写真に
そっくりの友人がいました。
彼はあるセクトに入り
活動していました。
梶井基次郎さんも病気さえなければ
プロレタリア文学の方向に
行きたかったといいます。
阿倍野区が梶井基次郎さんの
最期の土地だったと言います。
大阪で生まれ
大阪で亡くなっているのです。
案内板だけです。
阿倍野筋ぞいちょうど
阿倍野王子神社の斜め向いに
この案内板があります。
