「石川文洋を旅する」を見た ② | キドラの憂鬱と微笑

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石川文洋さんは

アメリカ軍のヘリ部隊に

同乗して写真も撮っています。

目の前の兵士が撃たれた

事もあります。

『「軍隊がいるから戦争になる」

   というのが石川の持論だ。

   軍隊は抑止力にはならず、

   そこにある文化財や何よりも大切な

   人間の命が戦闘に巻き込まれ

   奪われてしまう。命が一番大切で

   あるということは、

   戦争を見てきたから確信している。

   しかし今日本では「命より大切な

   ものがある。それは日本の誇りで

   あり日本の主権である」と強気な

   発言が聞こえてくる。そのことに

   石川は危機感を感じていた』

(「石川文洋を旅する」パンフより)

ベトナムの取材の後

1969年から沖縄を撮り始めます。

ベトナムで同乗した戦闘ヘリが

ベトナムの土をつけたまま

沖縄の基地にいます。

当時の戦闘ヘリは現在は

オスプレイになりました。

2004年8月13日沖縄国際大学に

米軍ヘリが墜落炎上する事件が

ありました。その現場にマスコミは

おろか全ての日本人が入れず

米軍が全て仕切っていました。

しかも日本政府はその事に

強く抗議できない、この事の根底に

沖縄に対する差別があると

石川さんは考えます。

今時点でもそれは言える事では

ないでしょうか?

昨年見た「標的の村」にも

つながります。



単なる報道ではなく

単なるプロパガンダでもなく

どちらの作品にも生きて生活する

人達がいます。


「石川文洋を旅する」には

石川文洋さんが

ベトナム従軍時

沖縄出身の米兵である

ドオイケトシオ一等兵と

親友と言えるほど仲良くなる話が

出てきます。

彼は三年間の兵役を乗り越え

アメリカの市民権を

得ようとしていたのです。

しかし彼も戦死してしまいます。

このエピソードは

とても重要です。

友情や夢や希望と

戦争が対比しています。

そんな対比だけではなく

全編を象徴するエピソードです。