最初の風景の記憶 | キドラの憂鬱と微笑

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自分のちっさい頃の記憶は

引っ越しが

一つの区分けになっています。

生まれたのは父親が

遠軽の高校に赴任していた頃。

生まれた場所は父母の実家のあった

小樽の産婦人科でした。

さすがに遠軽の記憶はありません。

2歳の時

父親が夕張の高校に転任し

そこで4年間過ごしました。

5歳の時に

余市に移ります。

余市の時弟が生まれます。

そして8歳の時

父母は小樽に戻ります。

最初は朝里という町に

物置を改良したふた間の

あばら家でした。

半年後

隣の町に建売り住宅を購入しました。

そこが今の北海道の帰省先に

なっています。

北海道をほぼ東から西への

大移動なのですが

実は転校というのは

小2の時に集中していました。

小2の時は学期ごとに

転校していた感じです。

夕張の頃は小学校入学前ですから

夕張→余市は転校はありません。

ぼくの記憶の出発点が何かは

はっきりはわかりませんが

夕張の風景だった事は

間違いありません。

石炭を運ぶ列車、

操車場にあったターンテーブル、

職員寮の後ろを流れる川は

子どもの目には峡谷のように

記憶の中には残っています。

父の勤める高校へ

父と出かけた事がありますが

一点透視法のような並木の風景も

実際は短い距離だったのだと思います。

当時のことですから

高校の校舎は木造でした。

音楽室には何台もピアノが

あったように記憶しています。

天井の高い部屋に天井まである窓、

閉まっているカーテンの隙間から

陽射しが差し込み

埃が舞っていました。

昭和30年代はじめの田舎の風景が

記憶の出発点なのです。