100歳のお婆さんがいます。
同じ施設の中で
住んでおられるエリアが
少し違います。
いわば隣町。
お互いあまり良く知りません。
100歳越えると
行政から表彰されます。
ある日、
同じ席になったので
100歳のお婆さんに
「こちらの方も101歳なんですよ」
と申しあげたら
「失礼な、私はまだ100歳です!
も、とは何ですか。もとは」
と叱られました。
ん?!
100歳越えても
若さにこだわるのかなあ~?
101歳のお婆さんは
耳が遠くて、
ニコニコされてました。
女性としてのこだわりが
100歳のお婆さんには
あったのでしょう。
101歳のお婆さんは
別のある日
自室で転倒し
顔面強打。
内出血で顔にアザをつくりました。
幸い脳神経外科的には
異常はなかったのですが
みんなの前には出たくない、
と自室で食事をとってました。
101歳のお婆さんにも
美に対するこだわりが
あったのでしょう。
誰にでも小ちゃなこだわりがあり
他人から見ると
どうでも良いことでも
なんとなくそうしちゃう、
みたいなものがあります。
何か意識化されてるとは限らない
癖の様なもの、
それが積み重なり
その人の個性が
できているのでしょう。
認知症の方だけではなく
全ての人がそんな風な個性を持ち
生活しているのでは
ないでしょうか?
なんとなくこの人とは合う、
合わない、
と感じながら、
でもその違いを前提で
互いに存在することを
認め合っている。
社会はそうやって
成り立っていると思います。
認知症ケアでも
その人らしさ
ということがよく言われます。
101歳のお婆さんも
100歳のお婆さんも
すぐ忘れちゃいます。
転倒したこともすぐ忘れて、
でも顔にはアザができて
何故やろうと思うけど
こんな顔で人前に出るのは
恥ずかしい。
そういう決断が
実はその人らしさを
形成していると思います