ペコロスの母を見て思い出した事 | キドラの憂鬱と微笑

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ペコロスの母に会いに行く

を観てきた。

心斎橋ビッグステップの

シネマート心斎橋。

期待どおり、良かった。

爆笑があるわけではないが、

ニヤニヤ見ながら

最後は泣けてしまった。

で、思い出した記憶があった。

25年前、

ぼくの祖母が亡くなった時。

入院していたのだが

危ないとの事で

ぼくは小樽に帰って来ていた。

以前も触れたが

祖母は富山県砺波の出身

同郷から

一緒に小樽へ出て来た友人がいた。

彼女と祖母は互いに結婚後も

親しく付き合っていて

ぼくもその方の名前を覚えていた。

祖母は記憶もしっかりしていたが

友人はすっかりボケてしまっていて

祖母の名前さえ忘れている

と聞いていた。

まだ認知症という言葉もなかった。

祖母が亡くなったあと

病院から自宅に連れ帰り

部屋に寝かせていた。

祖母の友人の娘さんかお嫁さんかが

わざわざタクシーで

友人を連れて来てくれた。

同時代を生きてきた友人同志

最期の別れをさせてやろう、という

計らいなのだろう。

だが実際はそれ以上だった。

友人は横たわる祖母を見ると

泣き出し、

そして祖母の名前を呼び続けた。

二人とも明治生まれ

二十歳に満たない少女が

同じ雪国とはいえ、

植民地という位置づけの北海道へ向う

心細い中

互いが安心感の源だったのだと思う。

周りにいたもの達は

皆その場面に心打たれた。

そんなことを

ペコロスの母に会いに行く を見て

思い出した。