お元気様です!
司法書士の木藤です。

昨日はこちらの本を読了しました。
考えよ! ――なぜ日本人はリスクを冒さないのか? (角川oneテーマ21 A 114)/イビチャ・オシム

¥760
Amazon.co.jp
大変面白かったです。
ワールドカップ開幕前に出版された本ですが、
閉幕後に読んでみると・・・
「答え合わせを読んでいるようだ」
という感想です。
大変鋭く、深い洞察力です。
なるほど、と思った箇所をいくつか抜粋すると

「責任をすべて他者に転嫁することで、原因や課題の全てが覆い隠されてしまう。
これは悪い手法だ。『できる』と自分を信じなければいけない。
自信過剰は良くないことではあるが、自分自身を信じることに何の
疑いがいるのだ?」
「日本人には伝統的に責任を人に押し付けるきらいがある。
全ての責任を社長に押し付ければいい工場ならそれで機能するかもしれない。
しかし、サッカーではそういう言い訳は通用しない。
上司も労働者も全員が同じ職場で仕事をしているのだ」
日本人の「自信の無さ」と「無責任」については随所に
語られております。
日本人は高いポテンシャルを持ちながら、
自信がないために試合で発揮できない。
また、責任転嫁については、
例えば、監督責任論や一方的な協会批判にも該当します。
無責任については、例えば自分の持ち場だけで
ディフェンスをしっかりすれば、
味方の持ち場で失点に結びつくようなことがあっても、
自分の責めではないというスタンスを取ること。
自分の持ち場から離れるとディフェンスやオフェンスを
しないことなどにも表れているとのこと。
それから次に、リーダーシップについて論じております。

「人間的にポジティブで信頼され、チームの方向性を示すのが、本物のリーダーである。
そして、そのリーダーは、チームによって選ばれなければならない。
政治家と同じように、グループが責任をもって自らのリーダーを選ぶのだ。」
「私が日本にきて受けたカルチャーショックの1つに、チームキャプテンを
監督が選んでいるという事実があった。私はジェフでも選手に選ばせたし、
旧ユーゴスラビアでも選手がリーダーを選んだ。
それがデモクラシーというものである。」
なるほど、デモクラシー・・・。
サッカーという団体競技において、
組織の基本について再考させられます。
ちなみに、中田英寿選手以来、日本にリーダーが不在していることが
大きな問題点であるとのことです。
そして、最後にリスク論

「『リスクを負わない者は勝利を手にすることができない』が私の原則論である。
リスクとは、負けることによって認識すべきものではない。
だが、日本人は、そのようにして生きているように思える。」
「かつて東洋の小国だった日本は、太平洋戦争においてハワイを先制攻撃するという
リスクを負った。そして何者でもなかった者が、何かになりたいことを望む経験をした。
だが、その太平洋戦争において日本は敗戦を味わう。
おそらく想像するに、そこが歴史的に日本人のメンタリティの転換期になっているのだろう。
リスクを負うと言うことが、日本人にとっては深層的なトラウマになっているのではないか。」
躍動的に走力を活かした「追い抜く」動き、
果敢なオーバーラップやポジションチェンジ。
リスクを負った攻勢を仕掛けなければ、
相手を崩すことが出来ない。
特にMFはパスを出した後に足を止めてしまい、
自ら「危険なエリア」に飛び込んで行かない。
まさに怪我を恐れて、陣形を崩すのを恐れて、
カウンターをされるのを恐れて、
ビクビクしているように。
サッカーの話を読んでいるつもりが、
結局、日本人論を読んでいることになりました。
我々もリスクを負って、何かを獲得するスタイルを。
そう思った日でした。
司法書士の木藤です。

昨日はこちらの本を読了しました。
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ワールドカップ開幕前に出版された本ですが、
閉幕後に読んでみると・・・
「答え合わせを読んでいるようだ」
という感想です。
大変鋭く、深い洞察力です。
なるほど、と思った箇所をいくつか抜粋すると

「責任をすべて他者に転嫁することで、原因や課題の全てが覆い隠されてしまう。
これは悪い手法だ。『できる』と自分を信じなければいけない。
自信過剰は良くないことではあるが、自分自身を信じることに何の
疑いがいるのだ?」
「日本人には伝統的に責任を人に押し付けるきらいがある。
全ての責任を社長に押し付ければいい工場ならそれで機能するかもしれない。
しかし、サッカーではそういう言い訳は通用しない。
上司も労働者も全員が同じ職場で仕事をしているのだ」
日本人の「自信の無さ」と「無責任」については随所に
語られております。
日本人は高いポテンシャルを持ちながら、
自信がないために試合で発揮できない。
また、責任転嫁については、
例えば、監督責任論や一方的な協会批判にも該当します。
無責任については、例えば自分の持ち場だけで
ディフェンスをしっかりすれば、
味方の持ち場で失点に結びつくようなことがあっても、
自分の責めではないというスタンスを取ること。
自分の持ち場から離れるとディフェンスやオフェンスを
しないことなどにも表れているとのこと。
それから次に、リーダーシップについて論じております。

「人間的にポジティブで信頼され、チームの方向性を示すのが、本物のリーダーである。
そして、そのリーダーは、チームによって選ばれなければならない。
政治家と同じように、グループが責任をもって自らのリーダーを選ぶのだ。」
「私が日本にきて受けたカルチャーショックの1つに、チームキャプテンを
監督が選んでいるという事実があった。私はジェフでも選手に選ばせたし、
旧ユーゴスラビアでも選手がリーダーを選んだ。
それがデモクラシーというものである。」
なるほど、デモクラシー・・・。
サッカーという団体競技において、
組織の基本について再考させられます。
ちなみに、中田英寿選手以来、日本にリーダーが不在していることが
大きな問題点であるとのことです。
そして、最後にリスク論

「『リスクを負わない者は勝利を手にすることができない』が私の原則論である。
リスクとは、負けることによって認識すべきものではない。
だが、日本人は、そのようにして生きているように思える。」
「かつて東洋の小国だった日本は、太平洋戦争においてハワイを先制攻撃するという
リスクを負った。そして何者でもなかった者が、何かになりたいことを望む経験をした。
だが、その太平洋戦争において日本は敗戦を味わう。
おそらく想像するに、そこが歴史的に日本人のメンタリティの転換期になっているのだろう。
リスクを負うと言うことが、日本人にとっては深層的なトラウマになっているのではないか。」
躍動的に走力を活かした「追い抜く」動き、
果敢なオーバーラップやポジションチェンジ。
リスクを負った攻勢を仕掛けなければ、
相手を崩すことが出来ない。
特にMFはパスを出した後に足を止めてしまい、
自ら「危険なエリア」に飛び込んで行かない。
まさに怪我を恐れて、陣形を崩すのを恐れて、
カウンターをされるのを恐れて、
ビクビクしているように。
サッカーの話を読んでいるつもりが、
結局、日本人論を読んでいることになりました。
我々もリスクを負って、何かを獲得するスタイルを。
そう思った日でした。