両親がずっと一晩中付き添ってくれて、救急処置室で一夜を過ごした。

夜が明けて、父親は店の注文が入っており、その準備のために一旦家に帰った。

結局、その日から市民病院に入院。生まれて初めての・・・

病棟は2Fの小児科・・・と言っても内科と一緒なので病室はお年寄りばかり。

最初は4人部屋だったのですが、子供の時からすごく神経質だったんだろうね。

全然眠れなくて、しかも気が狂いそうな共同生活。

すぐに個室に換えてもらったのを覚えています。

入院しても、最初の数日は病名も原因も分かりませんでした。

「胆嚢に異常があるかもしれないので、もう数日検査入院しましょう」

腎臓っていう言葉は、当時ボクを担当した木村医師からは出てきません。

入院生活は毎日毎日、検査ばかり。

注射、血液検査、点滴、レントゲン、造影剤・・・

レントゲンは本当に合計何枚撮ったんだろうってくらい激しいものでした。

当時はCTスキャンもMRIも無かったから。

レントゲンの放射線を来る日も来る日も浴び、ようやく病名と原因が分かりました。

「先天性水腎症という病気です。右の腎臓から膀胱への尿管が生まれつき潰れていて、腎臓に尿が溜まっているのです。身体をよく見ると、右の脇腹が膨れているのがわかるでしょう?」

「確かに・・・握りこぶし程度右の方が膨らんでる。。。」

「あと数日腎臓の検査で入院していただきます。状態が悪ければ手術となると思います。」

病院に向かう前の父親の言葉どおりの展開です。

それからというもの、腎臓の検査だけに生きている8歳の小さな子供の姿がありました。



昭和53年の秋だったかな、土曜日だったと思う。

明日は日曜日だから、とても気分が良かった。

学校もお昼で終わり、家に帰ってご飯を食べたら、すぐに近所で友達の賢人くんの家で夕方まで遊んでた。

「今度、一緒にプラモデル、作ろうな!」

そう言って別れた様に記憶してる。

家に帰ると、晩ご飯に母親お手製の「お稲荷さん」が用意されてた。

晩ご飯が終わって、テレビを見たり、お風呂に入ったり。

そして、寝室のある2Fで、両親、姉とともに床についた。

そのときまでは、全く苦しい痛みがあろうとは思いもしなかった。。。。

夜中の2時頃だっただろうか、急にお腹が痛くなり、母親を起こしてトイレに行った。

トイレに行って、少しは落ち着いたんだけど、それでもまだ痛みが残っていた。

どんな痛みだったか・・・は覚えていないけど、ごく普通の例えばトイレに行きたくなるときのような痛みだったと思う。

そんなに衝撃的な痛みでは無かったから。

今までなら、トイレに行った後には痛みも消え、もう一度眠るんだけど、痛みが段々と増してくるのを感じた。

「痛い!お腹が痛い!!」

母親は、一生懸命にお腹をさすってくれた。それでもまだ治らない。

それどころか、さらに痛みが酷くなっていく。

「おとうさん!!この子、お腹が痛いって言うんだけど、病院に連れて行った方がいいんじゃない?」

と母親が父親に尋ねた。

「どうする?病院行くか?」と父親。

「うん・・・・」


父親の運転する車で、市内の市民病院に向かった。

病院に向かう途中、先ほどまであった痛みは無くなっていた。

「おとうさん、病院に行ったら、入院するの?」

「だろうな。ひどかったら入院して、手術だな。」

その言葉を聞いた瞬間、「絶対に病院なんか行きたくない!!」って思った。

「もう、痛くないから大丈夫だよ。家に帰ろう。」

何度も、「本当に大丈夫か?」と聞く父親。

でも、「入院して、手術」なんて聞いちゃったら、そんな痛みがあろうがなかろうが、

家に帰らなきゃ。。。

家に帰って、もう一度布団に入った。

1時間ほど眠った後、またあの痛みが。

しかも、今度はもっと酷い痛みだった。

「おとうさん、本当に病院に連れて行った方がいいよ。おかしいよ。」と心配する母親。

今回ばかりは、さすがに痛みに耐えられない状態なので、病院へ向かった。

「時間外救急」

と赤文字に光った表示灯がすごく怖く感じた。

救急受付で母親は、

「お腹が痛いとキリキリ舞いしてるんだけど、診てもらえますか?」と言ったけど、そんなに「キリキリ舞い」って程じゃないのにな・・

って思った。

さっそく救急処置室に通され、ベッドに横になった。

注射を何本か打たれ、確か点滴もしてたと思う。

「原因が分かりません。明日ちゃんと検査しますので、入院しましょう。」と医師の声。

「入院・・・おとうの言ってた通りだ。」

さらに医師の説明は続く、

「あと、さっき打った注射で、大便に血が混じることがありますので・・・」


少し眠ったあと、トイレに行きたくなり、便をした。

「赤い・・・」

医者の言うとおり、生まれて初めての「血便」。


「この先、自分はどうなるんだろう。。。。」


わずか小学校2年生の小さな心は、不安だらけだった。

無理もない。。。。その日の夕方までは、友達と普段通り遊び、

普段通りの生活をしていたのだから。

それが、一変した瞬間の夜だった。
自分の健康が気になり始めた36歳。

結婚して8年、長男(7歳)・長女(4歳)の二人の子供に恵まれ、ごく普通の生活をしているつもり。

でもね、服を脱げば右脇腹には長さ30cm程の大きな手術跡・・・

「先天性水腎症」

この病名を初めて知ったのは、8歳の誕生日だった。

それ以来、自分の人生は大きく変わってしまったと思う。

生まれ落ちたときからすでに病気との闘いの始まりなのだが、

「静かなる臓器」と言われるがごとく、8歳までは全く普通の健康な男の子でした。


最近、サイト上でこの病名を偶然見掛け、特にお子さんがこの病気だと判明し、

とても心配されている様子だったのです。

そんな人たちを少しでも安心させたい気持ちと、

患者である子供たちの本当の気持ちを、伝えるべきではないか?と言う気持ちなのです。

親から見た「先天性水腎症」の闘病ブログは、すでにいくつか存在すると思いますので、

病気の情報や、保険適用など、親の立場からのお話しは、これらブログに譲り、

患者(子供)からみたお話しを、今日から思い出しながら書いていきたいと思います。