涼風ペナン島で 75
マレーシア・ペナン島に海外赴任。
道場海峡男が、ペナンに赴任して3週間がたち、
4月4日、やっと家族もペナンに到着した。
次の日の朝、
G-B-Resortの新しい我が家へ家族で行った。
部屋から見える絶景に驚く二人を見て、
道場は満足であった。
その日から、
道場一家の東洋の真珠ペナンでの、
慎ましいながらも優雅な?生活がはじまった。
「ペナン島で出会った新しい仲間は、」
道場海峡男一家がペナン島で生活しはじめたのは2009年。ペナンがマラッカとともに、世界文化遺産に登録された次の年、今から17年前のことである。
道場一家のペナンの住まいはとにかく快適だ。気温は常に30℃前後のペナンだが、日中はベランダなどの窓を全開にしておくと、心地よい風が部屋を通り抜け、誠に気持ちがいい。もちろん、エアコンなんてつける必要はない。ただ、同じペナンでも、海岸近くでなければ風はなかなかと通らないらしい。道場一家のG-B-Resortは特別だ。道場の選択に間違いはなかった。
まずは、根拠地の住まいが満足であれば、あとは何とかなるものだ。次第に買い物や食事に行くべき店も分かってきて、ペナンでの生活が、赴任前に考えていたよりも早く、軌道に乗ってきたと、道場一家の3人は思ってきた。
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そんなある日、同じくこの4月に赴任してきた富士田が、同期の仲間たちで、ペナン島一周の計画を持ち込んできた。代々、その年度に赴任してきた仲間でペナン島を一周することが恒例となっているらしい。
今年度(2009年次)のメンバーは、道場一家3人、富士田夫妻、寺川一家4人、そして単身赴任の江藤女史であった。
富士田夫妻は、以前カナダに住んでいたこともあって、海外生活や英語は堪能で、富士田の奥さんは姉さん女房でしっかり者だが、肝心の富士田はチャラ男で奥さんに頼りっきりの男である。
寺川一家は、インテル風(あくまで「ふう」である)の旦那に、教育ママ的(あくまで「テキ」である)な奥さん、やんちゃなもうすぐ幼稚園に入るお兄ちゃんと、その2つほど下の弟の4人家族。
江藤女史は、東京本社からの転勤で、たくましく頼りになりそうな女性である。
それぞれ違った家族構成の楽しいメンバーで、とりあえず3年間、チームワークよく過ごせそうだ。話によると、なかなかまとまらない年次もあるそうで、日々いがみ合っていたり、分裂してしまっているところもあるということだ。
少ない人数であるが、少ない人数だからなのか、なかなか人間関係は難しい。
さて、道場の2009年次はこれからがスタート、まずは4家族の共同作業、ペナン島一周に出発する。
(続きます)
※おことわり
この物語に登場する人物、団体、名称等は、実在のものとは一切関係はありません。
また、物語の中の写真はすべてイメージで、新旧が入り交じっています。
「涼風ペナン島で」
定年までの残り10年を、充実したものにしたいと考えた道場海峡男(どうば うみお)の念願の「海外勤務」の赴任先は、マレーシアのペナン島だった。
ペナンがマラッカとともに、世界遺産に登録された次の年、まだペナンの昔が残っていた2009年のことだった。





