この職場は3社目。20代の頃は公務員に準じる専門職。その次は中小企業。現在は実家の稼業に入っている。
断言できるのだが、これまで給与で仕事を選んだことは過去に一度もない。
今振り返れば、嘘物語みたいな給料の会社に入社していた。でもそれでも楽しい時があった。
「簿給」だし「ボーナス」だって1か月分・もしくは寸志しかもらったことがない。
だが一切の不満はなかった。本当にお金に執着がない。
貧しい家で育ったし、自分や社会の可能性について親からの教育を受けたこともなかった。知ろうとすることもない世界に住んでいた。
一応自分の将来を案じて進学はさせてもらったけど、好待遇とは縁遠い世界に身を置いて働いてきた。
異性との出会いは一切ない。
私は異性が苦手だ。高校も大学も女子校、選んだ訳ではないのに職場も女性ばかり。
男性と仕事をしたいだなんてこと1ミクロも考えたことはない。
気が付けば私は30代ももう終盤。
この生活はいつまで続くのだろう。大して責任のない仕事なのでぬるま湯もいいところだ。
そしてこの箱の中で死んでいくと考えると気が狂う。
それなのに今までで一番給与が高い。生まれて初めて賞与を4か月分以上もらった。
だがこれは「ふつう」なんだろう。
しかし劣悪な環境にも順応でき、その世界に順応できるのも人間らしい。
お金は沢山あると心が安定する。お金をもらえるのは嬉しい。心はある程度のお金で満たされるが、自分は満たされない。
私が欲しいのは生涯を協力しながら生きてくれる人。これは売ってないんだよね。
お金という紙と数字は人々を動かす。心も動かす。
お金という紙と数字の概念がよくわからなくなってきた。勿論経済学としては理解しているが。
金融機関の人にこういう話をしていると横領や着服のセンスがあると笑われた。
憎しみを抑圧し諦めや妥協を包括すれば、私は十分に幸せだ。なんて幸せなんだろう。
と記した文字に感情が乗っていないことが私に絶望をもたらす。早く消えてしまいたい。
肉体が滅してなお、何かが続いていくなんて仮説はまっぴらごめんだ。本当に勘弁してほしい。