よく留学することに関して、本音かどうかはさておき「すごい」とか「かっこいい」とか言われることがあります。
素直に嬉しいけど全くそうとは思えないのが現状です。あと「うらやましいなぁ」はまぁ何ともいえないです。
べただけど、行くこと自体にはほとんど何の意味もないとしか思えないから。また、自分は変わっただとか、価値観が広がっただとか、もっともなんだけど抽象的にしか言えない止まりで終わるのも嫌なんです。
もちろん意味がないとは言わない、でも高い費用をかけて、ましてや休学してまでやることとしてはちょっと足りない。
就活をしてても話を聞いても、今の時代、学生の留学はがかなり身近な存在になって、留学をひとつのネタとして用いる人は多い。
何が言いたいかと言うと、やっぱり自分にしか絶対できない経験をしようということと、自分だからこそ気付けることを増やそうということ。
自分にしかできない経験に関しては、意識的に首を突っ込みまくればおっけーとします。
というより、はなから自分にしかできないことなんて、そんなにあるもんじゃない気もします。これは結局ダンスやら、先日書いたような、やりたいことを突き詰めれば結局そういう武器となる経験になるはずなので。
本当は具体的に決めてからいきたくて、実際いくつかあるんだけど、自分の色をどう出すかと、どうやって形にするかっていう問題があり、ちょっともう行かずしてはわからないから後は行って考えることにしました。
問題は次の気付きを増やそうってこと。もうやっぱり感じたこと書き出して、一個一個掘り下げていくって作業は間違いなく必須で、その習慣はだいぶついたのでまぁいいんですが。
それでもやっぱり、今の自分では気付けずに、近くにあるのに華麗にスルーしていってるものばかりな気がしてならないです。もちろん、そこが個性なんですが、別に感じることが人と違う分にはまぁいいんですが、それはきっと違うんじゃないんです、何も感じてないだけなんです。
これか、かなりもったいないことだと僕は思います。
いかにこういうものが多いかっていうのを最近人と話す度、本を読む度、考えさせられます。
最近、それを意識するようになったのが、長尾良祐さんの「学生よ、旅に出ろ」っていう本を読んだ時です。文章ももちろんうまいけど、何より「気付きの天才」だなって思いました。その気付いたことをしっかり結論と結びついてて、何が言いたいか明確だし、説得力もあるし。
世界を旅して、貴重な体験自体そのものが多いということがあったとしても、オンリー1の経験ではないでしょう、別に未開の地に行ってる訳じゃないんだから。みんなそう。
ただ、この人はどんなささいな日常・出来事でも、自分が反応したものにはどこまでも想像して、突き詰めるっていうようなことを、旅で貴重な経験してるからとかじゃなくて、常にやってるんだなーってすごく思います。絶対今の自分が、同じような境遇にいたとしても、たぶん何も気付かずスルーしてるような気がしてならない。
これは知識的な面もあるけど、たぶんそれはあくまで知識に過ぎない、もっと自分の生きてきたバックグラウンド的なもので、左右されると考えます。
だから急にいろんなものに敏感になって、スルーしなくなるようなことはあり得なくて、そんなことがあったら気持ち悪いと思う・・・。
だから僕は、自分が何か感じれたものに関しては、その何かの正体をつきとめるってことだけは怠らないようにしてます。
要は、自分にしか気付けないことを極限まで増やしたいんです。どんな観点でもいいし、どんな切り口でもいいから!!これが、自分の中で消化することまでできたら、本当に広がる気がしてならないから!!
それは自分の中でもそうだし、そんなものを発信したら誰かが必ず何か感じる、何かしらの影響をうける。
僕はそうやって、人から気付かされて、動かされたことがあまりに多いからそんなことをよく考えます。
この二つを実践できたら、きっとこの留学はものすごい実りあるもとなり、生きたものとなっていくんだろうなーってつくづく思います。
素直に嬉しいけど全くそうとは思えないのが現状です。あと「うらやましいなぁ」はまぁ何ともいえないです。
べただけど、行くこと自体にはほとんど何の意味もないとしか思えないから。また、自分は変わっただとか、価値観が広がっただとか、もっともなんだけど抽象的にしか言えない止まりで終わるのも嫌なんです。
もちろん意味がないとは言わない、でも高い費用をかけて、ましてや休学してまでやることとしてはちょっと足りない。
就活をしてても話を聞いても、今の時代、学生の留学はがかなり身近な存在になって、留学をひとつのネタとして用いる人は多い。
何が言いたいかと言うと、やっぱり自分にしか絶対できない経験をしようということと、自分だからこそ気付けることを増やそうということ。
自分にしかできない経験に関しては、意識的に首を突っ込みまくればおっけーとします。
というより、はなから自分にしかできないことなんて、そんなにあるもんじゃない気もします。これは結局ダンスやら、先日書いたような、やりたいことを突き詰めれば結局そういう武器となる経験になるはずなので。
本当は具体的に決めてからいきたくて、実際いくつかあるんだけど、自分の色をどう出すかと、どうやって形にするかっていう問題があり、ちょっともう行かずしてはわからないから後は行って考えることにしました。
問題は次の気付きを増やそうってこと。もうやっぱり感じたこと書き出して、一個一個掘り下げていくって作業は間違いなく必須で、その習慣はだいぶついたのでまぁいいんですが。
それでもやっぱり、今の自分では気付けずに、近くにあるのに華麗にスルーしていってるものばかりな気がしてならないです。もちろん、そこが個性なんですが、別に感じることが人と違う分にはまぁいいんですが、それはきっと違うんじゃないんです、何も感じてないだけなんです。
これか、かなりもったいないことだと僕は思います。
いかにこういうものが多いかっていうのを最近人と話す度、本を読む度、考えさせられます。
最近、それを意識するようになったのが、長尾良祐さんの「学生よ、旅に出ろ」っていう本を読んだ時です。文章ももちろんうまいけど、何より「気付きの天才」だなって思いました。その気付いたことをしっかり結論と結びついてて、何が言いたいか明確だし、説得力もあるし。
世界を旅して、貴重な体験自体そのものが多いということがあったとしても、オンリー1の経験ではないでしょう、別に未開の地に行ってる訳じゃないんだから。みんなそう。
ただ、この人はどんなささいな日常・出来事でも、自分が反応したものにはどこまでも想像して、突き詰めるっていうようなことを、旅で貴重な経験してるからとかじゃなくて、常にやってるんだなーってすごく思います。絶対今の自分が、同じような境遇にいたとしても、たぶん何も気付かずスルーしてるような気がしてならない。
これは知識的な面もあるけど、たぶんそれはあくまで知識に過ぎない、もっと自分の生きてきたバックグラウンド的なもので、左右されると考えます。
だから急にいろんなものに敏感になって、スルーしなくなるようなことはあり得なくて、そんなことがあったら気持ち悪いと思う・・・。
だから僕は、自分が何か感じれたものに関しては、その何かの正体をつきとめるってことだけは怠らないようにしてます。
要は、自分にしか気付けないことを極限まで増やしたいんです。どんな観点でもいいし、どんな切り口でもいいから!!これが、自分の中で消化することまでできたら、本当に広がる気がしてならないから!!
それは自分の中でもそうだし、そんなものを発信したら誰かが必ず何か感じる、何かしらの影響をうける。
僕はそうやって、人から気付かされて、動かされたことがあまりに多いからそんなことをよく考えます。
この二つを実践できたら、きっとこの留学はものすごい実りあるもとなり、生きたものとなっていくんだろうなーってつくづく思います。