かばんには無数の彼女の写真がある。

 犬の散歩をして笑っている写真がお気に入りだ。まるでテニス選手のようなさわやかな顔立ちの子だ。幼さのなかに、色気が混じっている。まるで溶けかけのアイスクリームのようだ。

 自動販売機でウーロン茶を買った。そして、飲んだ。

 ごくりごくるい、褐色の液体を流し込んだ。香ばしい香りがした。背中にひとすじ、汗がつたった。

 なんで、こんなことをしているのだろう。

 彼女だって、恋人だって、ウーロン茶を飲んでゆっくりしているはずだ。

 なのに僕はなぜこんなみじめなことをしているのだろう。

 なんで僕はオタクなのだろう。

 なんで僕はいじめられているのだろう。

 なんで僕は女の子に嫌われるのだろう。

 あのおしゃれな、さわかや野郎が憎い。なんであんなすごいことをやっているのだ?

 車がガスをまき散らしている。鬱屈している僕の感情のように。ぽたりぽたり、ガソリンがもれている。まるで汗のように。

 家に帰って洗顔したい気分だった。

 

 追跡、というとなんだかスリリングなもののように聞こえるが、実際はそうではない。

 村上春樹の「神の子供たちはみな踊る」にそんな話があった気がする。

 昔、かくれんぼ、という遊びをしただろうか?なんだか、あの遊びを思い起こさせた。

 まわりはミノルタのカメラをぶら下げてあるく学生をどう思っただろうか?きっと怪しく見えたにちがいない。僕は、ただ彼女にカメラをむけた、獲物をねらうゴルゴ13のように。

 僕はスナイパーだ。恋人はスナイパー。

 映画のガンプレイの戦いを見てよろこぶやつはだめだ、という文章をみたことがあるが、僕はそう思わない。ああいうのは現実で危険なことをしないために見るものだ。僕もそうしてきた。そうしてきたはずだった。

 自分はなにをしているのだろう?

 心の叫びがきこえた。ムンクの叫びがフラッシュバックする。

 犯罪、その2文字が浮かんだ。それはよくないことだ。罪人は神の裁きを受ける。チクタク、時計の音。それは罪の音だ。

 左腕の時計が手錠のようだ。なんだかぞっとした。

 電車の中のイメージが浮かんだ。人々はうつむいている、まるで刑務所に向かう電車のようだ。

 おとこってさ…

 僕は思った。

 おとこってさ…覗きが好きなんだよ。よくどっかのマンションの通路に「不法侵入」してたっけ。でもその時はそんなこと知らなかった。

 へへ、僕は心なく笑った。

 



 恋人、というと交際してるというかんじだが、僕の場合片思いの相手のことだ。

 僕は女の子と付き合うのがうまくない。だけども、一緒にいたい。一緒にいたいのだ。もう意識、だけでもよかった。

 写真に写っている人を見てその場にいると感じない人もいると思うが、僕は違った。写真に写った人がまるでそばにいるように感じた。写真だけではない。映画も、マンガも、だ。これがオタク、というやつなのかもしれない。

 オーギュスト・ルノアールの絵には汗のにおいがない、という話を聞いたことがある。それは写真においても言える。それは汗のにおいがしない。まるで妖精。まるで天使。まるでおとぎばなしの登場人物のようだ。

 僕の頭にひとつの恐ろしいアイディアができていった。

 ああ、あの子を写真に撮りたい。

 でも、モデルになってくれるはずがない。

 僕はつけるようになった。

 僕はバンドのボーカルをやっているような、女の子に夢中になっていた。