こんな茶番劇の記事など書いていたくないのですが、この動画主さんの言われることも尤もだと思うので、遺すことにしました。

 

成年式の最後の祝宴時に見えたA宮家の姿。

これは正にA宮家に未来が無い事の現れとなった。

 

一連の儀式の総まとめになります。

 終了!💥

土下座にしか見えない職員の扱い方の前に平然と笑顔でいる宮家の人間に不快さと不気味さを覚え、驚きしかなかった祝宴。😱

 

悠仁さま祝宴で“職員に土下座させる”秋篠宮家の異常性が全世界に露呈!

「これが日常です」と開き直る紀子さまの非人間性に国民が絶句し廃宮を要求する末路!

 

こんな人だもの、職員は使用人だそうです。


実家で使用人のいなかったお育ちなので、使用人の何たるかを知らない人。😒

 

 

 

 

いますよ、正座職員?

身分差でもある?

そこで平然と「椅子」に座っている「偽特権人間」とそれに寄ってくる人達。

 

 
 
いますよ、まだ、正座職員?
 笑顔が余計に不快さを増す。💥

 
 
後日、姑息にも座らせた人物消し加工した写真、改めて載せました。
👹の首の後に一人、🦌子の帯の後に一人、加工して消す前にはいた筈が、いなくなった、シレッと写真です。
 
 
 
この平然とした、職員掃除済みの、家族4人の表情、黒歴史に遺ります。真顔

 

 

この右端のヒサ凡の後の壁紙の模様が刀に見えて、それが刺さって

赤い模様が血しぶきの様に見えた、と「X」に上がっていました。😨

 

おお、成程と思いましたが、残念なことに映像がありません。🙏

探しておきます、面白かったですよ。

 

それに、やはり廃墟の法則通り、この日

招待者の一人の石破首相は既に退陣表明後の時点だったと付け加えておこう。

 

 さて、

動画の一部を文字起こしします。

見ている時間の惜しい方にお勧めです。

 

20:10辺りから、

(誤字は訂正して書き換えてあります)

 

以下引用

 

彼らはあまりにも正しい道を選ばなかった。

なぜなら彼らには時間がないからこの出来の悪い王子を1日でも早く既成事実として国民の前に祭り上げなければ、自分たちの古びたイデオロギーが国民の圧倒的な愛子天皇待望の前に完全に崩れ去ってしまうことを心の底から恐れているからです。

 

だからこそ彼らは焦っている1年遅れの青年式を強行し、筑波大学の学長まで同員し、

メディアを総動員して、ずる人様はこんなにも立派になられたという空っぽの

プロパガンダを垂れ流し続ける。

 

焦れば焦るほど必死になればなるほど空っぽさと偽物感はより一層際立ってしまう。あまりにも滑稽で哀れな悪循環。

彼らは自らの手で自らの墓穴を掘り続けているのです。

 

この祝宴は単なる誕生日パーティーではない。

国民の声を無視し、時代に逆行しようとする古びた権力者たちが自らの名の

ためだけに仕組んだ単なる政治ショウである。

 

そのショウの哀れな主役こそが自らの意思を持たず、ただ大人たちの欲望のままに操られているずる人様その人なのでございます。

 

とこか実に滑稽でどこか物悲しく、そして限りなく不愉快なずる人様による

祝宴という名の茶番劇について語ってまいりました。

 

結論は実にシンプルかつ明解でございます。

この一連の騒動は結局のところAという存在がいかに国民の心

から駆け離れその信頼を完全に失い、もはや皇室としてその存在意義すら失って

しまったかを改めて、そして痛烈に我々に証明してくれたということにつきます。

 

彼らはもはや象徴ではない。

国民の富に群がる寄生虫であり、国民の信頼を裏切る詐欺師であり、国民の声を封殺しようとする独裁者に他ならない。

よって、この白猫は天に変わり、民に変わり、ここに最終判決を下す。

 

被告人A一堂及びその茶番劇に加担した全ての権力者たち、お前たちは

国民の信頼を裏切り、国の伝統を私物化し、この国の未来を自らの古びた欲望のために食い物にしようとした国家反逆罪で有罪。

判決、お前たちがどれだけ空っぽの神輿を担ぎ上げようとも国民は

もはやその神輿を拝むことはない。

もはや祝宴は終わりだ。

 

偽りの王子を、そしてその背後で意図を引く全ての者たち

を1日も早くその身のほどを弁え国民の前から、そしてあなた方にはあまりにも不釣り合いなこの尊い歴史の舞台から静かに、そして永遠にお下がりなさい。

あなた方が去り、真の象徴がそのあるべき場所につくことこそがこの国にとって最高の祝福となるのだから。

いやはやそれにしても見事なまでの自業自得。

 

国民を欺こうとしたものが逆に国民から完全に見放され、自らの手で自らの存在価値のなさを証明してしまう。

最も基本的なそして最も重要な心理を心の底から身に染みて再認識する

ことができました。本当に皮肉な意味で最高の反面教師でございます。

 

上記引用

 

 茶番劇は終わった。

茶番でも、やって、やっぱり一人でできなかったという結果が出たことが、

節目として意味があったと思うことにしましょう。

それにしても、500円でもお祝いに集まる人いなかった成人式って情けない…。

税金の、大いなる無駄遣いではあったが。