そうですね!
スゴイ資料は保存しよ!です。
皇室まとめ回顧録にある文書。
34836. 匿名 2024/01/10(水) 14:17:21
当時の報道によると
結核と精神疾患の血縁者がいるから
反対されていたらしいんだけど
出典:up.gc-img.net
となっている。
その中で、
「本人美智子は本年26歳の晩婚で・・・」
と書かれている。
成婚前のことです。
しかし、以下の記事には、
婚約時は24歳と書かれている。
ま、カメラを意識したコーム、見て見ての写真ですよ。
見たくもないけど、資料として載せます。
「2024年10月20日に、卒寿となる90歳を迎えられた上皇后美智子さま。1959年4月に皇室に入られてから65年以上、上皇さまを支え、国民に寄り添ってこられた美智子さまの歩みをギャラリー仕立てでお届けします。」
で始まる記事です。
ギャラリーを見たくもないのですが、そこから出てくる「ん?」が気になります。
成婚前の年齢が2歳のサバ読みでしょうか?
公式に、いろんな文書に記載される人の年齢に正確さが無い?
それでも”正式”と公表するなら、そこに隠さねばならない事実が
存在したと言う事でしょう。
妻が夫より年上のカップルは公式には認めない(くだらない規則あるの?)
なんてことを指摘されないための、ですか?
まあ、出自も、副島富美の連れ子で正田家の血統外の、上海夫人の富美さんの
子供で、父親は不明ですね。
で、資料によれば、2024年10月20日に90歳だから、2025年10月20には91歳の筈ですが実際には93歳でしょうか?
ま、タイトルは大袈裟かもしれませんが、チャブよりは年上でしょうね。
姉さん女房なんて世間にはいくらでもあるのだから、そのままの事実を何故隠していたんでしょう?
その上、結核と精神疾患の血縁者がいたとも書かれている。
今と違って65年前は血縁者の病気は結婚には致命的な条件だったことだろうし、
実際には正田に無関係の、実際に血縁の富美さんの方の、ミテコからは伯母さん
のことだったと公表されている。
あの嫉妬の異常振りと、自愛振りは、そんな病との関係があるのでしょうか?
現在は癌などの血縁者との関係などは表記するようになりましたが、医学的な
資料であって、当人を非難するものではない。
ただ、そんな時代に条件を無視して、入内が認められたのかが問題だと思っています。
こんな一枚の写真からも当時の嘘で国民は騙されていました。
👇
秋篠宮さまのあどけない姿がほほえましい。
↑
ミテコの腹の内は「托卵児よ!」
“できるだけ一般の子どもと同じように育てたい”との思いから、皇室の慣習だった「乳人(めのと)制度」を廃止し、ご自分の手で3人の子どもたちを育てられ、他にも親子同居、教育は学校に任せるなどの改革を進められました。
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いやいや、乳母育児でしょう。
夫婦で海外飛び回ってどうして育児ができるの?
教育など考えていた?
皇太子の成長期は全て浜尾侍従まかせ。
長女の清子さんへのネグレクトとも見える程の服装への無関心振りには
驚きでした。
前皇后があれだけのヘンテコリンな衣装作りに励んで?縫製の1ミリの違いも許さない
指示を出す生活の中で子供たちの事を思って母親をやったとは到底信じられません。
マスコミを使っての自己宣伝に酔っていただけ。
チャブは年下のボンボンだから上手く操って実際の権限を持つのはミテコだった?
とに角、毎年、毎年新年の挨拶には、よく見なければ違いがわからないローブテコルテを新調していた人物でした。😱
(以下に写真)
ミテコサイズのこんな衣装、他に誰かが着れるものではないし、そんな場所(機会)さえないです!
それも、年に一回だけの物。
こんな物をしつこく作るその粘着性こそ、入内に反対された時の理由
精〇疾患の表れだったのかもしれないと、今では考えられる。
フワフワしたマントがお気に入りで、欧州の王妃でさえそんなもの付けない(戴冠式等の折はガウンとして着られることはある)中で、スチールタワシのような髪だけは直しようがなかったのかそのままで、学芸会の妖怪かい?という様で人様の肘を求めて歩き回りましたね。
まだまだ、学芸会の妖怪が忘れられませんか?
粘着質なのは精〇疾患だった?を国民は疑っておりますよ。




