というわけで実家に帰ってきたわけであるが、最初は家族とどう接していいかわからなかった。

仕事もせずに1日中だらだらして、どんな顔をして飯を食えばいいのか。帰ってきてからしばらくはそんなことばかり考えていた。

しかし休職してから半年も経っていたのもあり、薬の効果なのか、休養が効いたのか、初期に比べて体調は徐々に回復していた。

しばらくは何もせず、元気があるときはゲームをやる、出かけれそうな時はパチ屋に通う。ギャンブルなどは不純に思うが、病院の先生にも言われていた「少しでも自分の興味のあること、やりたい事をする」を心掛けていた。

とにかく何もしない日が辛く、朝早くパチ屋に行くだけでも「今日は何かやった」感が出て少し心が落ち着いた。

時間を持て余しすぎるとネガティブな感情がループしとてもつらかった。

 

このころになると病院で出される薬の量も増えたり減ったり変わったりで副作用がかなりきつかった。

嫌な夢を見る、寝汗に苦しむ、食欲がすごいことになって太る(運動不足もある)、寝起きに筋肉が硬直するような感覚に苦しむ・・と色々あったが、もともと不眠気味ではあったので睡眠薬は強い薬を処方されていたのだが、服薬後の健忘はもちろん、眠気を翌日に持ち越すことも多く、通院のため朝早く運転していて居眠り事故を起こしたこともあった。運よく道からそれて縁石に乗り上げただけだったのでただの自損事故で済んだが、出勤通学時間帯で人も多く、タイミングが悪ければ大事故になるところだった。

それ以降、夜の薬を飲む時間は徹底して早めに飲むことにした。

 

エピソードとして言えばこれくらいで、文字に起こしてわかった事だが、それから約1年(休職開始から合計1年半)何の起伏もない生活を送っていた。

そんなある日、会社の役員の方が復職を打診しに来てくれたことをきっかけに復職を決意。

と言っても休職期間の満期が迫っていたので復職or退職の二択だった。

休職初期に比べれば幾分マシにはなっているものの、体調はあまりよくなかった。が、休職中の1年半、諸々の支払いも借りて返すといったいわゆる自転車操業をしていたため復職せざるをえなかったというのが実情だ。

支払いに追われているというのは精神的にかなりの負担になっていたのだと思う。

 

そんなこんなで復職をしたのだが、その当時のメンタル、体調ではフルタイムで業務をこなすのは無理だった。

最初の数週間は大丈夫だったとかでもなく最初からダメだった。

遅刻、欠勤、業務効率の低下などもろもろ重なって自分ももちろんダメになるし、会社としても当然受け入れられる状態ではなかった。

なんとかしないと・・と、どれだけ思っていても朝は起きれない、仕事に身が入らない。

そんな日が続いていたある日、とても慕っていた上司から「もう復職してるんだぞ、いい加減にしてくれ。」と言われたとき、ポキッと心が折れた。

その上司は本当に優しくて良い人で、仕事の相談にも乗ってもらっていたし、職場の中ではかなり信頼していた方だ。

そんな人にそんな強い言葉を吐かせてしまった自分を恨んだし、いまでもたまに思い出して申し訳ない気持ちになるくらいには引きずっている。

しかしもう自分ではどうにもならないのである。体が心が言うことを聞いてくれない。

どうあがいても元通りにはならなかった

 

不調のままの復職で当然の結果だったのだろうか、復職から3か月で退職という事となった。

そしてまた実家に戻るのであった・・。

 

つづく

無断欠勤をしたのは覚えているが、その後会社とどういうやり取りがあったのかは覚えていない。が、それ以降出社はしていないけれど、会社は休職する事となった。

休職前後のことは今でもぼんやりとしか覚えていないが、一つの会社で真面目に働き続ける事を良しと思っていた自分の中のルールが崩壊した事、仕事に行けなくなってしまい今後の生活はどうなるんだろう、毎月の支払いもあり、このまま生きていけるのかな・・と割と真剣に絶望していた。

そのときに今もたまにチラつく希死念慮が生まれたのだと当時は思っていたが、後から考えると休職直前にもそういう考えはあったのだと思う。

 

休職して間もなく心療内科に行くことになった。

自分がメンタルの事で病院に・・?と抵抗感はあった気もするがなかった気もする。そもそも抵抗する活力もなかったのだろう。

ただ言われるがまま病院へ。誰に言われたのかすら覚えていない。

診察、カウンセリング、よくわからない沢山の質問が書いてある紙を書き、診断された結果はうつ病。

そもそも悩みと言える悩みなども無かったはずなのだが、何をどう話したのか、ちゃんと喋れていたのか、なんだかよくわからないうちにうつ病と診断されていた。

 

2度目の診察は母も同伴していた。

自分で連絡したのか、会社から連絡があったのかは定かではないが、母と二人で診察室に入ったのはハッキリ覚えている。

それはすごく嫌なことだったから。

25歳も超えた大人の男性が母親に連れられて病院に行くのだ。

今にして思えば感謝しかないのだが、当時はそれが恥ずかしかったのか、自分が情けなかったのか、母親に弱ってる自分を見せたくなかったのか、とにかく嫌だったのは覚えている。

が、そうでもしないと自分でも病院に行くことはおろか、身の回りのことも何もできなくなっていた。

 

それからしばらく、1日の8割をベッドの上で過ごしていた。起きてたら色々考えてしまい苦しいのと、何より飲み始めた薬の副作用に苦しんでいた。寝ている時が一番楽だった。

週に1度、かかさず母が家に来て、買い出しや部屋の掃除をしてくれていた。

実家から自分の家まで高速を使っても往復で2時間。母にとってかなりの負担だっただろう。

申し訳ない気持ちでいっぱいだったし感謝の気持ちしかないのだが、それを口にするのも難しく、来てくれても一言もしゃべらない日もあった。

いい歳して迷惑しかかけていないな・・と今思い返しても非常に申し訳ない事をしていた。ごめんねおかん

しかしそれくらいどうしようもなかったのである。

 

そんな日が半年ほど続いて、会社からの打診で実家で休養することになった。

 

つづく

 

自分は負の感情を外に出すのが苦手だ。

そう気づいたのは割と最近の話。

というわけでブログという形でなにか書いてみようと思って始めたのだが、正直何を書いて良いのかわからないので、いったんうつ病と診断された頃から今までを分割で簡単にまとめてみようと思う。

 

2015年頃、新卒で入社し6年ほど勤めていた会社に急に行けなくなった。

仕事内容は身体的にきつかったが、人間関係はおおむね良好だった。

ストレスはあったのかもしれないが当時の自分は鈍感だったのか、あまりストレスを感じていなかったように思う。

問題は身体と生活の方だった。

朝はもともと苦手だったのもあり、ギリギリで起きて身支度をしたらすぐ出社、就職してから朝ごはんを食べる習慣はなくなっていた。

仕事の担当上お昼は食べれない日がほとんどで、残業も多かった。

自分が担当してた業務が特に営業時間内にすべて終わらせる必要があり、他の社員はしっかり1時間休憩とれており、自分だけがお昼抜きというのも“今”考えるとストレスだったのかもしれない。(当時は何も思っていなかった)

なんとか就業時間内に仕事を終えると、その後は他の社員のやり残しの仕事を手伝う。

タイムカードを切ってから手伝いをすることも多々あった。そこは少し不公平というか不満に思っていた

残業が多い日はクタクタで帰って泥のように眠り、早く終わった日はパチンコ・スロットに勤しんでいた。

月の残業は多い時で80~100時間くらいで、超絶ブラックというわけではなかったのかもしれない。

しかし僕の体はそれに耐えれなかった。

身長173cm、体重は46kgになっていた。

在職中最後に受けた健康診断は栄養失調だった。

 

地元でもない土地に単身で乗り込み、退職するまでの6年間で友人といえる人物との出会いもなかったのも原因かもしれない。

不満に思うことがあっても相談できる人がいなかった。

夏季休暇や年末年始などに仲の良い友人たちとの交流はあったが、普段の生活にそれがなかった。

友達はパチ屋だった。

オンラインゲームは好きでやっていたが、人生相談する場所ではないのでそれは除外しよう。

 

そんな毎日を繰り返していたある日、急に会社に行けなくなった。

朝起きて「あ、今日は会社行けないかも」って思って気が付いたら涙がぽろぽろしていた。

別に悲しいわけでもないのに訳も分からず涙だけ出ていて、身体が動かなかった。

その日は人生で初めて無断欠勤した。会社に連絡する気力もなかった。起き上がることすらできなかった気がする。

覚えてるのは涙が出た事と、この世の終わりのような気持ちと、カーテンの閉まった暗い部屋だけだった。

 

つづく

普段文章など書く習慣がないのになぜブログを書こうと思ったのか

 

することがないからである。

 

というのも令和7年8月も今日で終わりになるが、8月半ばに仕事をやめた(というかクビになった)

原因は持病の双極性障害。

京都から地元に引っ越してきて早3か月

6月に病気を隠して入社し、最初の1か月は順調に出勤できていたが、徐々に体調が悪くなって最終的に休みがちになり病気をカミングアウト→うちでは継続的に雇えないねという流れ。

 

2015年頃に最初はうつ病と診断され、その後双極性障害へ。もう10年のお付き合いになる。

波がある病気というのは本当にお付き合いが難しいと感じる。

最初はうつ病と診断され、当時勤めていた会社を辞めてからはずっとフリーターや派遣で生活してきた。

しかし結婚というきっかけがあり、地元に帰って1からやり直そうと意気込んで正社員になってすぐコレである。とてもつらい

とにかく働かないと生活ができないので転職活動中であるが、正直うまくいっていない。

目指すは安定した生活だけなんだけれど、僕にはそれを手にするのはとても難しい。

いまは職を失った焦燥感と不安、結婚した矢先、無職になる旦那を抱えた妻にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

別にブログに書くほどのものじゃないのだろうけど、自分の気持ちの整理・管理も兼ねて日誌のように書けるときに書きなぐっていこうと思う。