明日から正社員での仕事がはじまるというのに今日は欠勤、昨日は早退してしまった。

体調不良なので仕方のない事かもしれないけれど、休むと急に不安になる。

今回の欠勤の原因も本当に体調不良だけなのだろうか 明日からしっかりやれるだろうか

負の感情がぐーるぐるしている。困った。

調子がいいと言ってても時たまこういった負の感情や焦燥感がどんどん出てくるのは本当にしんどい。

昔(大昔)なんかは体調不良で休みになった日には逆にテンションが上がってたくらいの勢いだったのだけどいつからこうなった・・こういうのもよくなっていくものなんだろうか?

最近はそれが当たり前すぎてよくわからなくなってきた。

明日からはまた頑張る。

体調は悪くなかったものの、しばらく更新できませんでした。回想編の続きも書いてしまいたいがなかなかまとめるのが難しい‥

なので今の状況を書こうと思う。

9月半ばからアルバイトを始めたわけだが、最初こそどうしようもない不安、焦燥感があったものの、今日まで約1か月働いてみた結果「ここなら大丈夫そう」と感じている。

というのも、今の職場の方々が、僕が双極性障害になった原因の会社の事、内部事情をよく知っていて、そこで働いていたと伝えると、とても気を使ってくれるのである。ここは〇社みたいな従業員の扱いをしないから、ゆるく頑張って‥と

自分は今の会社に双極性障害の事は伝えていない。が、直接は聞いてこないけれど何かを察してくれているのかもしれない。

言う必要もないし聞かれることもない。ギチギチに仕事を詰められることもないので大変気が楽である(まだアルバイトだからというのもあるが‥)

そして11月1日からは正社員として雇ってもらえることになった。

勤務形態や業務内容はいまと多少変わりはするが、同じ職場なので何とかなれーと思っている。

収入面では以前の職場からかなり下がったが、そもそも働けない、会社に行けないのではいくら給料が良くても意味がないのでこれでいいんだと思う。

あとは直近の会社を辞めた後に病院で飲んでいたラツーダという薬を1錠増やされた。それも関係しているのかは不明だが今はかなりメンタルが安定している。

この調子で頑張りたい。

別にここに書くほどの事ではないのだろうけどSNSでつぶやきたくないのでここで。

ここ数日はおおむね順調に進んでるような気がしているのだけど、心の中にどす黒いモヤモヤがいるのは何だろう。

何かはわからないけど漠然とした不安がずっとぐるぐるしている。こんなの今に始まった事じゃないけども。

昨日今日はお休みで明日は出勤。これがただの休み明けのブルーな気持ちだといいな。

自己紹介のつもりで病気になってから今までの回想を順に書いていっていたのだが、書き溜めているわけでもなく、書いていて「これは長くなるな・・」と感じているので、この辺で一度、近況報告をしたいと思う。

 

8月半ばにやんわりクビになったわけだが、正直いまもメンタル面で調子は良くない。

良くないのだが・・働かないと生きていけないので就職活動を続けていた。

とにかく気分の起伏が激しく、ダメな日は起きた瞬間からダメだとなる状況。目は冷めるが起き上がることができない。

それが短いスパンで起こることもあれば、数か月調子が良かったり、逆に悪い状態が続くこともある。

理想は個人事業主で独立して、一人で自分のペースで仕事ができればいいのだが、まだ見通しが立っていないので、雇われで続けられそうな職を探す必要がある。

僕は社会人になってからずっと自動車業界で仕事をしているのだが、病気のきっかけになったのも自動車業界。

なのでたびたびフラッシュバックが起きてそのたびメンタルが削られる。

それをわかっていて自動車業界にしがみつくのは良くないのかもしれない。

しかし一つのボーダーラインである35歳を超えた今、違う職種に就職するのもむずかしい事なのだ。

 

しかしこれまでとは違い、今は一人での生活ではない。子供はいないが家庭がある。

なにか今までとは違うアクションを起こし、安定して働ける環境を作らなければ・・

そう思いクビになったあと、最初に目を付けたのは配送業だった。

といっても大型車ではなく軽貨物。

最初は個人事業主として軽貨物ドライバーを目指そうかと思ったが、車両の準備など資本がない事、リースなどもあるが、その場合仕事に行けなくなった場合の月額の負担が大きかったのもあり、まずは配送の仕事の流れをつかむために・・と思い全国的にも有名な配送業者にアルバイトで申し込んだが、最初に記入する用紙に精神疾患ではないか、あるいはなったことがあるかという欄があった。

嘘をついても仕方ないので双極性障害と書いた。

それがよくなかったのかもしれない。最初の面接の時点ではじかれた。

 

そうして結局逃げるように自動車業界の仕事を探しはじめ、1社目は書類選考ではじかれた。

2社目はアルバイトで応募したのだが、書類選考のあとの面接前の連絡の時点でおそらく採用になると思いますと返信が来ていた。

その後、面接を行ってもらったのだが、その場で言われたのは正社員での雇用ではどうかという打診だった。

アルバイトの面接のつもりで行ったのもあり、その場で答えは出せなかったが、雇用は確定で、バイトか正社員か、次の面談までに考えておいてくださいとのことだった。

 

次の面談までの数日、自分なりにかなり悩んだ結果、一旦アルバイトで雇ってもらうことにした。

もちろん収入面やいろんな面で正社員のほうが待遇が良いのはわかっている。

しかしそれ以上に今の自分の状態が良くないことも重々承知している。

なので9月半ばから10月末まで約2か月をアルバイトでの雇用にしてもらうことにした。

その期間の満期の状態で自分が大丈夫そうなら正社員として雇ってもらうという話になっている・・と思う・・。

口約束てきなもので確実性はないがきっとそういう話になっている・・はず・・。

書いていて不安になってきた。

 

そんな感じでアルバイトではあるが一旦は仕事は確保した。

この記事を書いている段階ではまだ出勤は2回しかしていないが、今のところは大丈夫そうな気がする。

今の調子がいいだけかもしれないが・・

それはまだわからない。とりあえず今は大丈夫。

10月末までにメンタルと体調をいかに保ち、調子の良い状態にもっていけるかがカギだと思う。

気負いすぎる部分があるので、張り切りすぎず、無理のないように働いていきたい。

それが簡単にできれば少しは楽なのかな。僕にはそれが難しいので悩んでいるのかもしれないけど。

 

そんな近況報告でした。

また回想も続けていきたいと思う。

 

 

 

そんなわけで実家に帰ってきたわけだが、メンタルは打ちひしがれていた。

大げさかもしれないが、自分の中で復職という決断自体が大きなハードルを越えた気分だった。

しかしその次のハードルは超えられなかった。焦りの気持ちだけではどうにもならないこともある。

うつ+意気消沈状態で僕のHPはもう0だったのだが、やはり支払いが滞る不安が大きく、どうにか働く必要があった。

ハローワークなどにも通っていたのだが、いまの自分にこなせる仕事が何なのか、どんな仕事ならできるのか、何がしたいのか、それが全然わからない状態で困っていた(それは今も悩んでいる)

そんな中、地元の先輩の紹介でうちで働かないか?という声がかかった。

人手が全然足りてないらしい。もちろん病気の事は把握している状態だ。

他にあてもなかったので「無理のない範囲で」という条件のもと、そこでアルバイトとして働くことになった。時給はものすごく低かったが、選べる立場にない自分にはそれは仕方のない事だった。

 

上司と僕の2人だけの職場だったので、あらかじめシフトを組むなどはなく、基本は出勤で、行けないときは連絡をする という形で始まったのだが、ここでもやはりうまくいかないことが多かった。

遅刻する日もあれば、早退する日、行けない日もある、上司もそれを理解したうえで雇ったわけなのでそれについては基本何も言わないスタンス・・だったのだが、それも最初だけで、それが半年も続けば考えも変わったのか、休むと連絡しても「今後のためにも来た方がいい」早退しようとしても「帰らないほうがいい」・・そんなふうに僕に対する対応も徐々に変化していった。

本来仕事とはそういうもので、至極まっとうな意見なのだが、それがだんだんストレスになっていき、仕事内容も時給に対して求められる事も多くきつかった。内容は違えど前職と同じ業種だったのでフラッシュバックすることも多く、結局この職場は1年ほどで逃げるように退職してしまった。

こうして文字に起こすとわかる。自分は言い訳して逃げてばかりだ。

けど生きるため、死なないためには言い訳でも何でもして自分を追い込むのをやめよう。もっとラフにいこう。

それは医師の教えなのか自分で行きついた答えなのかはわからないが、そういう風に、この頃になるとある意味開き直っていた部分もあるのだと思う。

自分で言うのもアレだがもともと仕事に対してはすごく真面目で、「ちゃんとしてない事」に対して自分にも対手にもイラだちすら感じる性格だった自分がこんなになってしまったのはすごい変化である。

いいのやら悪いのやら・・

しかし希死念慮は確実に減っていったのも事実。

いったん生きてるからOKということにしておこう。

 

この職場をやめる前に、関西で住む友人が僕に話があるとのことで遊びに来ていた。

独身の友人はどうやら京都で家を買ったらしい。

そこで他の友人も入れて3人でシェアハウスして一緒に住まないかという誘いだった。

 

仕事がうまく行ってない&実家での生活にも居心地の悪さを感じていた為、僕は即決で行くと返答した。

そうして僕は乗っていた車を売り、そのお金を資金にして京都に引っ越す事となった。

 

つづく