日本史的覚書 -2ページ目

日本史的覚書

史跡をめぐるのが趣味な奴が更新します 



去年、実家でパソコンが壊れた

壊れたことを認めたくなかった 保証書が米沢にあったので米沢の電気店で見てもらうと


「ハードディスク破損の可能性がありますね」

「修理に出すと1か月かかってしまうのですが」




詰んだ



レポート課題がまだ残っていたのだ


仕方なく修理に出すことにした

その数日後、携帯電話を誤って落してしまった



内部がむき出しに



事が突然だったが、パソコンのこともあって冷静だった



しかし、数日で情報源を一気に失ったのは酷だった



久しぶりにテレフォンカードを使って実家に電話しようとした

公衆電話の「2」のボタンが押せず苦戦

ようやく繋がるも、途切れ途切れ


しかも、出たのは普段電話に出ない祖父


祖父が怪しがったのか、機械の故障か原因は分からないが音声が切れた



つ、使えねえ・°・(ノД`)・°・




普段どれだけ家電製品に依存しているのかということを

奇しくもこの時気づいてしまったのである



「家電、大事に扱おう」












今日はサークルで老人ホームを慰問


サークルは和楽器を演奏するサークルで筆者は篠笛を担当

笛の他に、三味線や琴もあって

皆さんに喜んでいただけて良かった


なかでも、

花笠音頭は、皆さんの「ヤッショマカショ」でテンポよく

演奏している側も楽しむことが出来た(少々ミスはあったが)


皆さん本当にありがとうございました



機会があれば、また




鷹山公バリアというのは

米沢市のありとあらゆる事象が

米沢藩主として名高い上杉治憲公によるもの、という一種の信仰?


今日は大雪


施設は山形市の方にあり、北上するにしたがって雪がなくなっていった

米沢市に戻った時は雪の多さに愕然とした



鷹山公バリアは、

東日本大震災の際に威力を発揮

他市町村が停電や断水が続く中

米沢は停電や断水を免れることができた


そして、今回は大雪


バリアというか隔離か?













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【百人番所】

本丸と二の丸へ通ずる要所である大手三之門の前に

設けられた番所である

鉄砲百人組と呼ばれた

甲賀組、伊賀組、根来組、二十五騎組の

4組が昼夜交代で詰めていた

各組には同心が100人ずつ配属された





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【富士見櫓】


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天守台からのぞむ本丸跡




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【天守台】


最初の天守閣は1607年、二代将軍秀忠の代に完成

その後大修築され、1638年、三代将軍家光の代に

国内で最も大きな天守閣が完成した


外観5層、内部6層で、地上からの高さは58メートルあったが

1657年の明暦の大火で飛び火により全焼し、

以後は再建されなかった



※立て看板より




生まれて初めてリアルタイムで見た

皆既月食に感激





写真を撮ってみたが

ぼやけてしまった




拡大するとちょっと欠けているのが分かる



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東京・田町にて高校の友人らと会食

楽しい時間を過ごせた


高校生活を懐かしみながら話に花が咲く

同じ名前の男の子が複数いたが、誰がかっこよかったかとか


また秋田で吞めたら最高だ



そして、今日

去年入ることが出来なかった江戸城へ



江戸は歴史が浅いのかと思いきや、

江戸城の立つ地は意外と歴史が古かった


平安末期に築かれた江戸氏の居館が最初

室町時代に太田道灌が再築城した

徳川家康の関東入封後は江戸幕府の本城として

大改修が施され、家光の代まで拡大・完成した

天守は明暦の大火で焼失



参考資料:

日本史B用語集 山川出版社

お城の地図帳 辰巳出版



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【松の大廊下跡】

赤穂浪士討ち入りにつながったことで知られる

浅野内匠長矩の吉良上野介義央への刃傷事件の舞台


江戸城で2番目に長い廊下だったという


吉良上野介は米沢藩主上杉綱勝の娘富子と結婚したことで知られる


綱勝が急死したために吉良と富子の子

上杉家の養子として迎え入れられることになり

その養子が綱憲となる


吉良家と上杉家は深い関わりがあった



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