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風が吹いてきた。さあ行こう

いろんな所へ行きます。いろんなことを考えます。ちょっといいお話をあなたにも

岩波新書の新刊です。著者とは面識があることもあり、購入しましたが、私には珍しく一気に読了しました。

まえがき の出だしは衝撃的です。
以下引用
「ここに子どもを預けていて、大丈夫なのだろうか」
狭き門をくぐりぬけてて保育所が決まっても、自分の子どもが通う保育所に不安を覚え、一安心とはいかない現実がある。
 それもそのはずだ。ふと現場に目を向ければ、親と別れて泣いている子どもが放置され、あやしてももらえないでいる。食事の時にはただの流れ作業のように「はい、はい」と口いっぱいご飯を詰め込まれ、時間内に食べ終わるのが至上主義のように「早く食べて」と睨まれる。・・・・
引用終わり

本書では、今の保育の現場で何が起きているのかを丁寧に取材して、保育の質の低下の原因が、保育士の労働実態にあることを明らかにしています。そして保育所の経営実態に迫り、利益優先の株式会社が保育所経営に乗り出していることの問題点をさぐります。そのうえで、親子の生活の質に重要な影響を及ぼす保育所のあり方について問うています。最近の動きとして2015年度からはじまる「子ども・子育て支援新制度」についても触れています。読んでいて落ち込みそうになるのですが、最後の章で、子どもの発達を保障するために、保育者の労働管渠を整える実践をしている民間の保育所が取り上げられていて、現状を何とか変えていきたいという著者の思いが伝わってきて、胸を打たれます。

ここからは、私の感想です。
 私が保育所や保育運動に関わってから、かれこれ40年が経ちます。私にとって保育所やその関係者・親どうしのお付き合いは、人生の最大の「教師」でした。共働き・核家族の環境の中で3人の子どもを産み育てていくためには、保育所や学童保育がどうしても必要でした。仲間にも職場にも恵まれ、乳児保育所を作り、学童保育を作り、がむしゃらに進んできましたが、今思うと多くの方に支えられというか、かなり迷惑もかけて働き続けてきたわけで、思い出すとほろ苦い思いがこみ上げます。
 30年~40年前、育児休業制度はありませんでした。3歳未満児保育、特に0歳児保育などというものは、特殊な人が利用するというイメージが強く、利用者も少なく、「かわいそう」とか言われるのは当たり前でした。しかし先進的な保育士さんたちは、乳児の集団保育に強い確信を持って取り組み、優れた実践を積み重ねていました。私の関わった保育所もそうでした。
 園庭はごく狭かったけれど、地域がお庭でした。お隣の犬や猫と遊び、キュウリやトマトを収穫し、夏には毎日海水浴に連れて行ってもらって、真っ黒に日焼けしました。3歳の卒園の年には「担任の保育士さんと歩いてデパートまで行って、食堂でお食事」などという楽しいミッションもあり、今思うと、夢のような時代でした。

 しかし、一方で、当時から本書に書かれているような酷い施設も数多くありました。実際にそういうところで働いていた人から話も聞きましたが、狭い部屋で10人くらいの乳児を時には一人で保育するので、散歩もさせられず、食事は毎日「おじや」だったそうです。またベビーホテルので死亡事故も街の噂になっていましたが、訴訟になることはなく、親は泣き寝入りだったようです。


 現在社会状況は大きく変わり、育児休業明けからの乳児保育の需要が飛躍的に増え、赤ちゃん時代を保育所で過ごす子どもたちが増えています。今こそ集団保育の素晴らしさが花開くべきときなのに、国の予算の乏しさとと営利主義の会社の保育所経営への参入によって、保育は崩壊寸前なのですね。特殊なベビーホテルの事例が日本中に広がってしまったと思うと悲しさで胸がいっぱいです。と同時にこの現実を多くの人に知ってほしいと思います。労働運動の観点から言えば、非正規雇用が当たり前になってしまった現状を「正規雇用が当たり前」の社会にしていかないと、「このまま放っておくと 大変なことになりますよ」ですね。

 正直にいいますと、非正規雇用の拡大は数字的には知っていました。規制緩和で保育所運営に株式会社がどんどん参入していることも知っていました。でもそれにより、保育の質が低下し、日本の未来を担う子どもらの発達が危うくなり、働く親が苦しんでいるということにまで、私の中で結びついておりませんでした。
 そういった意味で、本書は大変意義のある書物だと思います。
大好きな小林美希さんと、これまた大好きな岩波新書に感謝します。

 
 
 
本日は、サントリーホール・ブルーローズに行ってきました。
親愛なるエバリーの皆さんが
「Everiyコンサート 武道館への道vol1」~あなたもサントリーホールの舞台に~ という参加型のライブをやるというので、日程はかなりきつかったんですが、当日券買って行ってきました。

5人エバリーになって何年目かな。スタイルができてきた感じかな。二胡奏者のシンさんが特別ゲストでしたが、コラボレーションは本当によくできていて、なんでも自分のサウンドにしてしまう、エバリーの幅広さには、感心しました。
最近の私は、スカパラ・怒髪 のライブに参戦したり、あるいは、クラシックや宗教音楽も覗いてみたりとか、相変わらずの雑食状態なんですが、こうして家族で安心して楽しめるコンサートもいいなあと再認識しました。
でも、ロック系のお二人には物足りない面もあると思うし、クラシックを極めた3人には、もっと特色を出して欲しい気がするし、様々な面をもつ5人のメンバーは適宜集合して活動することになるのでしょうね。

怒髪の増子さんがよく言っていて、歌にもしているのですが、
夢は必ずかなうとは限らない。かなわない夢の方が多いかもしれない。
でも、夢へと続く道は誰にでもある。それを歩き続けることはできる。
と、私も思います。

だから、武道館への道を頑張って進んでくださいね。

それにしても、第9の舞台はすごかったです。総勢50人くらい?のバイオリンやチェロや合唱団でした。それぞれ年齢も力量も違うのに、しっかりまとめ上げる組織力に感動しました。皆さんのハラハラドキドキ感が伝わってきて、こちらまでワクワクしました。
ああいうことできるのは、多分エバリーしかいないと思います。

余談ですが、地下鉄駅からホールに行く道で「桜坂」見つけました。
かの有名な 歌の舞台になった 桜坂ですか?


そして、コンサートが終わったあと、折角東京に来たのがもったいなくて
近くにあると思われた サントリー美術館に行ってきちゃいました。
六本木という日本で最高の都会にある美術館で一回は行ってみたかったんです。
「近い」と思ったら、近くなかった。地下鉄の駅の中メチャクチャ歩きました。普通に道路歩いた方が早くついたかもです。
「生誕300年 同い年の天才画家 若冲と蕪村」


確かに天才だと思いました。表現が、「新しい」のです。意表をつくというのか、いつまでも古くならない表現ってあるのですね。
若冲さんの「像」蕪村さんの「カラス」生きているみたいではないですか。
リアル というのはこういうことかと思いました。
でも残念ながら、すごーく疲れきった状態だったので、サーと見て帰ってきた感じです。
美術館めぐりも、ライブもやめられません。
が ちょっと行き過ぎの感じもあります。
ただ、いつまで自由に行きたいとこに行けるだろうか?と考えると
いつ行くの 今でしょ

年は、雪の日に、がーまるちょばを見に行きましたが、
今年は、満開の桜の日に、がーまるちょばカンパニーの「1st JAPAN TOUR」に行ってきました。

県民会館周辺は、昔から桜の名所でしたが、近年は(土木工事好きの市長さんのおかげ?)で、白山公園から信濃川沿いの土手までの「空中公園」の桜並木が整備され、素晴らしい花見名所になっています。
大道芸人さんもいました。

がーまるちょばは、ケッチとHIRO~PONのパントマイムユニットですが、今回は新たに4人のパフォーマーを加えて、総勢6人のがーまるちょばカンパニーのいきなりの全国ツアーです。

「パントマイムにだって6人でないとできないことがあるのである。
ぼくたちは、6人で、言葉を超えて世界に飛び出すのである」 (HIRO-PON)だそうです。
第一部はちょっとしんみりくるストーリーもの「ヒーロー」
第2部は、楽しさ満載 抱腹絶倒がーまるカンパニーチェアリーダーズ。
そして、バンド形式の、がーまるちょばカンパニーSHOW びっくりしたなあ。まさかHIRO-PONがギター弾くなんて。ちなみに角谷くんって子がドラムで濱口くんがギター、ケッチはセンターでボーカルというか、ボケ役。
ちょっと訳ありの日で、行くか行かないか迷ったけど、チケットも取ってあったので、エイヤー と気合も入れて行ってきましたが、行ってよかった。オススメです。
また新潟に来てね。

帰りは、夜桜を見ながらブラブラしました。
夜桜が池に映っていたり


県政記念館(旧県議会)がライトアップされていたり、


桜の木の下にいると、幸せな気分になるのですな。
恋人同士や、赤ちゃん連れがさかんに記念撮影していました。
いい夜でした。