母が居なくなってからの日々
断片的な記憶ですが…
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そして
とうとう学校に行けなくなりました
今なら「不登校」と言う言葉が使われるのでしょうけど
当時もあったのかな。
これも意識的にでは無いはずですが
朝、起きることができなくなってしまいました
小学校2年生 8歳です。
起こされても
起こされても
起きれず、遅刻。
遅刻していくのはとってもイヤ!
↓
休む
↓
父困る
昼間どうしていたのかは記憶にありません
そして、夜の不安をなくすために、
電車の定期券を買ってもらい
父の仕事場に迎えに行く日々が始まりました。
当時の父は独立を考えていたらしく、
仕事が終わっても
人との打ち合わせやらなにやらで
すぐにお家に帰ることはなく、
人と逢わない時でも、お酒大好きな父は
バーやらキャバレーやら○○○やら
私を連れて憂さ晴らしをしていたようです。
/
今のように厳しい法律も無かったし、
飲み屋のお姉さんたちが
私の遊び相手をしてくれていました。
8歳にして夜の世界を知るという。。。
なんかこうして書いていると
やっぱりとんでもない父親に見えてきますね^^;
酒豪ではありましたが
酒乱ではありませんでしたし
相変わらず優しい父でした
友達のお母さんからは
遊んではいけません:禁止令がでているので
友達はいない。
学校へ行っても楽しいはずはなく、
勉強をする意味もわかりません。
朝起きなければ
いやな学校へ行かなくていい

起きれなくて当然です。
そんな経験を自分がしていながらも
息子の心は理解することだできなかった
ダメ母時代もありました。
変に甘やかす必要はありませんが、
朝起きてこない
朝起きれないは
お子さんからのサインです。
気づいてあげてくださいネ
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↓
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