きのうXのタイムラインを見ていたら、初めてのケースに出会いました。
AさんのポストにBさんが反論の返信をつけ、それが例によって全然元のポストには書いていないことについての反射のようなポストだったわけです。このまま最近どこそこで見かけるようなすれ違いのやりあいになるのかなあと思ったのですが、Aさんが途中でポスト固定に宝塚のこの件についてどのような経緯でどう考えているのかという説明文を載せました。するとBさんがそこを読み、今度はなぜBさんがこのようなポストをするようになったのかを話して謝罪の意を述べるという展開になったのでした。
Bさんが自分の意見を変えたわけではないのですが、Aさんの気持ちを読んで何か触れるところがあったのだと思います。
言葉というものは難しくて、1つの言葉でも当然いろいろな受け取り方があり、100パーセントこちらの思いを伝えることはまず無理。考え方をいくら書いても、行間まで読む人もいれば違った行間を読む人、字だけで捉える人など様々で発信の意図とは違う波状のものが広がっていくのは想定しておかないと危ないです。短い文面で思いを伝えようとすると、強い表現ものを選択してしまいがちなので、極論みたいになってしまう。かといって幅の広い表現をすると読んだ人に想像の余地が多くなり、こちらの思いからは遠くなる。
ましてや今回の件は宝塚ファンといっても多種多様で、そこを1つの気持ちでまとめるなんて無理なことなんですね、と改めてわかった気がしました。
スタート
ご贔屓さんたちは「加害者」ではない。
根拠
・長い間観てきた私たちが一番よくわかっている
・弁護士と文春が遺族をだました
・これは政治団体の陰謀
・加害者はいない で合意した
結論
宙組再開を喜ばない人たちは真実を知らない
だから真実をわからせるためにポストで思いを書く
でもわたしのスタートは何度も書いてきたのですが
スタート
・劇団は公式に14項目のパワハラ行為を認めた
・遺族と劇団は合意書を締結し、劇団は改革を宣言した
根拠
・劇団とご遺族弁護士の会見
・劇団の公式発表14項目
わたしの結論
・命が失われたときと同じ体制での再開はおかしい
・「命の保証」を明確にした劇団の経過発表をしてほしい
もしスタートが同じでも結論はいろいろ考えられるので、解散や厳罰を言いたい人もいるでしょう。個人に背負わすのはおかしいから、劇団側への怒りが大きいという人も多いと思います。こんないろいろをあの短いポストでやりあっても、それは混沌とするわけだわ、仕方ないわ、ときのうは思いながら寝たのでした。
ここまできたら、わたしの願いはただ1つ。命の保証です。これが一番難しい。近しい人でも本人の内心を知ることはできないので、危険とは常に隣り合わせです。ですから、1つでも外的要因を少なくしてほしいです。たぶん今の宝塚歌劇団に一番必要で、そして誰もがわかっているのにも関わらず一番欠けているもののような気がします。