母親が存命していた晩年の頃、ずっと近くで看ていた私からすると、その体調の変化が気になりだす時期がありました、気丈で頑固な性格の母親は、人の言う事なんか聞く耳を持ち合わせていませんでしたが、特に面倒を掛けた私としては、晩年は逆に保護者となり面倒を看させて頂くのが当然の流れであったし、それが出来ることを有り難く思っていました、通常、人間なら誰しも生まれる時に母親に苦労を掛けずにはおれません、しかし私の場合は、自分のよな(胎盤に繫がるへその緒の延長部分)を首に2回腕に1回巻き付けた状態で生まれ、首が絞まって仮死状態で出てきたそうです、その超難産での分免は周りのモノ全員をびっくりさせたそうです、どのくらいショックを受けたかと言うと、凄ざましい試練の結果、この世に希望を無くし、全てを放棄し呆けていた祖母を一瞬で正気に戻したぐらいだったそうです、薄れいく意識の中、母親自身も気丈に立ち回り自分をサポートしてくれる祖母を見て、えっ!お義母さん正気になっている!と驚いたそうです、産婆さんが南無妙法蓮華経(家の宗教とは関係ない)を唱えながら水につけたり湯につけたり背中を叩いたり、必死の救命活動の結果、15分位経ってから初めて産声を上げたそうです、そんな出産がこ私の頭に悪影響を与えたのか乳児の
頃、何度もひきつけを起こし、その度に脱腸が出て来て親を頻繁に医者に走らせたそうです、脱腸が出てくると高熱も出るので、何度も先生の処置を見ていた母親は見よう見まねで収め方も覚えたようです、それを視ていた姉が私も一度収めてあげたのよ!クックルーって!これを言われると姉にも頭が上がりません、最終的には手術することになるのですが、この手術でも手術後ベッドから落ちて傷口が開き再手術することになり、親の苦労もWに・・結果私の手術跡はX点になっています・・

 

 幼稚園、小学校とずっと悪ガキで、母親が参観日に来てくれると度々10人位の同級生の母親に取り巻かれて問い詰められたそうです、お宅の息子が家の~ちゃんに・・どういう教育をして・・何たらカンたら・・しかし母親は一歩も引きません、家の息子がお宅達のお子さんを虐めましたか?そうなら強く叱りますが、そんな事をする子では無い筈です、あなた達は知らない、あの子は私が少し熱を出し寝込もうものなら、看病するんだと枕元から付きっ切りで離れないやさしい心も持った子なのだ、多少ワンパクなのは知っていますが、そんなものを是正する心算はございません・・私は息子を信じていますときっぱり、同じ息子を持つ母親としては納得できる部分もあり、結果、取り巻きは解散することになります・・

 

 中学校、高校でも私はそのラインを律儀に守り、結果として度々学校からお呼びを受けることに、いい加減に嫌気がさした母親は兄に、今度はお前が代わりに行きなさいと・・この事を兄に突っ込まれると、兄にも頭が上がりません、高校時代には免許も無いのに友達の400CCバイクを無理やり借りて一度だけ学校に・・悪いことは出来ないもので、その一度が警察のご厄介になることに・・結果、保護者の母親に家庭裁判所へご足労頂くことになり,結果、初犯なので一番軽い試験観察処分で済みましたが、母親からはお前だけは小さい頃から全く・・とあきれられていました。警察のご厄介になったのは後にも先にもその時だけでしたが・・母親にはその後も心労を掛け続けた親不孝をしています、母の恩は海より深い・・私にとっては返すに返しきれない大恩に、他界して暫く経つ現在でも、母親の人生と私の人生は違うものと解かってはいながら、もっと良くしてあげれなかったかと後悔の念を残すという、母親の立場からすれば、ある種の親不孝を未だに続けています・・・

 

 そんな気丈な母親でも店の切盛りから親族の責任や家庭の荷物を一人で背負いながら、尚且つ夫のDVにも耐え、どら息子のケツ拭きまでやらされて爆発しそうな精神を押さえ込む為、アルコールを摂って紛らわしたのかも知れません、何時しかその摂取量が増え、専門の病院のお世話になったことがあります、この人は、祖母を初め周囲の面倒は人一倍看て来ましたが、自分が面倒観て貰うのは、不得手な部分があります、病院に入院しながらも、他の患者が親族に連れてこられて、ベッドの上に転がされたまま病院側からも放って置かれたりするのを視てしまうと、黙っておれません、病院側に食って掛かります・・貴女も患者なのだから他の患者の事に神経をすり減らす必要がないと窘められますが、そうはいかない、汚れた服を着て連れてこられたままの姿で何時までも放っておくのは病院側にも問題が無いと言えない、私も目にしなければ分からないが目にした以上黙っては置けないと抗議します、何時しかこの人は我々の代弁者だと持ち上げられ、他の患者たちの牢名主のような立場になってしまう人でした。


 ある時は、父親が何処かでイザコザを起こし、その筋の人数人に自宅に追い込みを掛けられたことがありました、張本人の父親は奥の部屋に逃げ込みブルブル震えています、やって来た人達はいきなり上半身の服を脱ぎだします、くりからモンモンのお披露目です、母親は一人でこの人達相手に一歩も引かず、服脱いで偉いなら私も脱いでやるとシミーズ一丁になりますダイナミックなバストを持つ母親の体型は迫力が違います、この人は脅されてころころ気持ちを変えるような、胆の座り方ではありません、どこまでも自分の正義を貫き通します、いくらその筋の人達だとは言え、結局小金目当ての連中ではどうすることも出来ません、どうにも
成らないことを悟ると、この人達は話を聞きだし、最終的には踵を返し自分たちを送り出した側に向かって追い込みをかけることになったのでした・・ことの一部始終を目撃した幼い私は、凄い!親分一生貴女に付いて行きますと心に決めたのは言うまでもありません・・・

 

 こんな母親でも自分の身体を大事にしてこなかった事が祟ったのか、身体はボロボロに蝕まれていきます、胆のう炎で胆のうを切除し、肝臓を悪くし肝硬変になり、腎臓を悪くし機能が低下し、すい臓を悪くし糖尿病に掛かり、血糖値は測定不能なレベルまで上昇し、何度も入退院を繰り返していきます、ある時お店で食事中、突然視線が飛び、細かく痙攣し出します、びっくりした私は、口の気道を何とか確保しながら救急車に乗せ病院へ急ぎます、幸い最悪の事態は逃れることが出来ましたが、先生から受けた診断は肝性脳症でした、肝機能も腎機能も低下しているので分解しきれない毒性が脳に回ったのだろうということでした、一度脳を撮影してみましょうということになり、結果映し出された母親の頭の中の画像には大きな影が映っていました、硬膜下血腫です酔っ払って何処かでぶつけたのか脳の中心線も押されて変形があるので決して小さな血腫ではない、これが進行するようなら激痛が襲ってきて最悪の事態も有り得るので即時手術の必要があるが少し様子を見てみたいと、いくら頭蓋骨に穴をあけるとはいえ最近は技術も発達しているので仮に手術になったとしても15分ほどで完了出来るので大きな心配は要らないと説明を受け、もし手術で、何時爆発するか知れない爆弾を抱えてひやひやしながら暮らすより、そんなに簡単に除去できるなら、取ってあげたいと、自分なりに調べると硬膜下血腫は痴呆の原因にもなることがあるとなっているので、その頃の母親の言動から過去の出来事を何度も何度も繰り返し話してみたり、その他疑わしい部分もあったので、上手くいけばその辺の問題も同時に解決できるかもという期待もあって手術の方向で考えていました、暫く時間をおいて撮影した画像は、前のモノと変化がありません、先生が診断されるには、映し出されている血腫は凝固していないモノで、その大きさが維持されているという事は、出血は継続してあるが、吸収量のバランスが取れているということだ、即時手術の必要性は無いが、万一転倒して頭をぶつけると危険なので、手術するのもいいかも知れない、判断してくださいと・・・

 

 この頃の母親は骨粗鬆もあり、腰の脊椎の圧迫骨折で何ヶ月も入院したり、退院した思えば転倒し庇った手の骨を折ります、一コケ全治3ヶ月です、ギプスを装着している間、入浴のサポートを始め全ての身の回りの世話が必要になります、治ったと思えばまた転倒・・町の名医の診察を受けると、X線撮影ではハッキリした骨折の痕跡は見えないがこれは骨折だと・・エッ?そんな、・・先生の診断には逆らえません、そしてまた3ヶ月・・母親のことを昔から知る院長先生に、そのことを訴えると、そんな、お母さんはワザと転倒している訳では無いのにねぇと母親のかたを持ちます、その時母親は目頭を押さえながら、そうです私もワザとコケて
いる訳ではありません、ただでさえ息子に迷惑を掛けているのに・・私はまだまだでした、この院長先生の器の足元にも及びません、さすがは一代で総合病院を創りあげた方だけはあります、そしてこの先生が最終的におっしゃっるには、お母さんはもうお年なので少し世話は増えるが痛い思いをさせずにこのまま様子を見たらどうですか?と勧めて下さいました、始めには別の病院では判断してくださいと言われ、自分ひとりで決めることも出来ましたが、兄弟や唯一の母親の身内である叔母さんには声を掛けました、すると最初に叔母さんから待った!が掛かり、別の総合病院の予約を取り消すことに・・そんな姉の頭に穴を空ける手術を近所ですますなんて、もっと調べて専門の病院で診て貰って・・と仕方が無いので姉に相談し、手術後の介護のこともあるので私の家から近い総合病院が脳外科では評判が良いし、こちらで予約してと・・元の病院に紹介状を書いて貰い、診察の予約をして診察に行くと、そこの先生が開口一番どうしてこの紹介状を書いてもらった病院で手術せずにこんな遠いところまで来たの?すること大して変わらないのに・・・まぁ手術してくれと言われればするけど・・とりあえず手術する為の入院予約をして戻ります、その期日が目前になると、今度は母親本人が、やっぱり怖いから、何時もお伺いをたてている先生に聞いてみて!と言い出します、かくしてその予約も取り消すことに・・お伺いをたてている先生はこう言います・・病院の先生自体は手術を上手にしてくれます・・ただ母親の身体がそれに素直に思っている通り対応してくれない恐れがあると、どういうことですか?と確認すると、例えばこちらの問題を解決すれば違うところに問題が発生したり、手術した部分が母親の体調の悪さでちょっとした感染が別の病気を引き起こしたり・・・病院の先生からは、簡単な手術で失敗とかは考えにくいのだがお母さんの場合は糖尿もお持ちだし、稀に血腫を抜き取ると脳全体が引っ張られ、思わぬところから出血することも皆無ではないと聞かされていたので、お伺いの先生の説明にも一理あります、ただ、こんなことを告げられてしまうと私自身手術するという方向を変えざるを得ません、そんなところで院長先生のお勧めのお言葉があり、やめたやめた!手術はもうしないと宣言したのでした・・

 

 ただこの同時期、まことに鬱陶しいことが起こります、母親が父親と一緒に自宅を購入した時に新調した貼りではありますが黒檀の箪笥があり、引越しの度に母親の家財としてもって行ったのですが、最近の洋式造りの部屋にはあまりマッチしなくなりましたがそれでも母親からすれば思い出の家具なので処分も出来ません、外観は黒光りの中に木目が見える綺麗な箪笥でしたが、経年のせいか、丸い環っかの装飾金具が傷んで取れてしまったのです、視ると細いボルトだけ交換すれば私にも修理できそうなので、その通り修理できたのですが、ついでにその他の環っかの緩みも少しナットを締めてやろうとしたのが間違いでした、細いボルトが折れてしまったのです、しかも扉の厚みの中で、げっ!どう考えても最初の修理より深刻です、とりあえず中で折れているボルトを取り出さなくてはなりませんが上手に出す術がありません、最終的には細いボルトごとほんの少し太い目のドリルで削り落とすしか無さそうです、それ以上箪笥を傷つけることも出来ないので、慎重に慎重にハンドドリルで作業を進めます、汗だくになって四苦八苦しながら・・何とか少し太めのボルトに入れ替えて外観上は無難に治まりましたが、エッ?ちょっと待って、ちょっと待ってPLAY BACKです・・・お気づきでしょうか?母親の箪笥が母親の身代わりに穴を開けられ修理されたのです、いくら高価な箪笥でも潰れれば諦めも付きますが、これを母親の頭でやっていたらと考えるだけでゾッっとします、次元が違い過ぎます結局、手術出来なかったのは、こんな可能性から逃れる為の妨害だったのです、私の浅はかな考えでは、思い通りに成らなかったのでしょう。

 

 この時また一つ凄いことを学びました、家族の中で身体の痛い人は、家族の痛みをその身体に集めているのです、それを安易にとってやることも出来ないし、よしんば痛みを和らげてやるということは、その人がその分、被ってやると言う事と同義なのです、介護の必要な人を介護する様に補助したりしてやるだけでも大変なことなのです、究極的には命の遣り取りも可能なのかもしれません、例えば腎臓を一つ分けてやったりも出来ますが、あげた人からは当然ひとつ無くなることによるリスクが発生する様に、何処かの痛みを一つ減らすことは何処かに痛みを一つ発生させることなのかも知れません、ただ懸命に努力するなら、痛みを少しでも分かち合う気持ちがあるなら、母親の頭に穴を開ける事象を高価な箪笥の扉に穴を開けることで身代わりにできたように、大難を小難に、小難を無難に挿げ替える事ができる可能性はありそうです・・・母親の高価な入れ歯を拵えた時も反吐が出るような体験をし、結局入れ歯は使ってもらえませんでした、家の母親のように人の痛みを背負ってきたような人物の痛みを和らげてやろうとする行為は大したことには見えても、尋常なことではないようです・・・