家の父親は小柄で、取り回しの為、選択した乗用車も中型車が多かったような気がします、最初の車は初期型か2代目ブルーバードの中古車で、幼なかった私は車に弱くスグに気分が悪くなるので、助手席に乗せて貰っていました、当時の周りが田んぼばかりで建物が少ない道路を走りながら、ウインドウ越し遠くに見える漆黒の闇の中に、灯りの連なりがゆっくりと流れ去る景色を半分車酔いした状態の気だるい気分で眺めていた記憶が残っています、タバコと車独特のカビ臭い匂いと気の短い父親のノッキングの多い運転の為か車での移動はとても苦手でした、今は故人になって時間も経過し時効なので書いても問題はないと思いますが、この人は毎日飲酒運転でした。

 

 車数の少ない当時の国道をいい調子で飛ばしていると・・ウゥウゥ~と後方から赤色灯が追いかけてきます、速度超過をしたのでしょう、父親は道路脇に車を停めると・・次の瞬間助手席の私の頭を左手で強く叩きます・・何事が起こったか咄嗟に理解できない私は一瞬パニック状態に陥りましたが、父親に頭を叩かれたという事実とその実際の痛さで泣き出します、そこにパトカーを降りた警察官がやってきます、運転手さん速度超・・どっ、どうしましたか?泣きじゃくる私を視て訪ねる警察官に父親が、この子がヒキツケを起こしたので病院に急いでいます、行かせて下さいお願いします!そっ、そうですかでは私が先導しましょう・・パトカーに誘導されて病院に入った私は先生に診て貰うことに・・先生は少し訝しげな感じで、これでも打っときましょうと栄養剤か何かの注射を・・私は注射の痛さにまた泣きますが一件落着です、父親はおかげで助かりましたと礼を言って登場人物は、お大事に~と解散です、後は安全運転で自宅に戻るだけです・・私はこの手を3回は使われています、その度にどこも悪くないのに痛い注射を・・本来ならば痛い注射を打たれなければならないのは父親の筈ですが、父親は被害者の私の頭をよしよしと撫でて孝行息子をフォローしますが私にはとても複雑な気持ちが残りました。

 

 実は父親は自分の実の母親も2回ほど危篤にさせています、夜中にパトカーに先導されて自宅に戻った父親が急いで下車すると開口一番、お母さんは大丈夫か?何処にいらつしゃる!と逼迫した声で・・後ろに警察官の姿が見えた母親は咄嗟に機転を利かせて、一時は危険な状態だったですが、今は小康状態に落ち着いていますと・・父親は先導してくれた警察官に礼を言うことも無く、後はお前がよきに計らえといわんばかりの勢いで家の中に消えてしまいます、後は母親が謝ったり礼を言ったりでパトカーにもお引取りして頂きます、この父親にこの女房ありです、ほとぼりが冷めた頃を見計らって奥の部屋から出てきた父親に、あなた!言うに事欠いて自分の実の母親をだしに使うなんて!と叱りますがへへへ!でお仕舞いです、その後時間は経過しますが、女房である私の母親もだしにされています。

 

 ある時普段より多く飲んで酔っ払った状態で飲酒検問に引っ掛かることになります、言い訳は出来ません、取締官が父親の車を停車させると運転席側のドアの横に来ます、そして運転免許証を確認する為、ウインドウを開ける事を促すと、父親は意を決してハンドルをくるくる回してウインドウを下げます、運転手さん飲酒検問・・・あんた飲んでるな!ウインドウを下げただけでぷんぷんとお酒の匂いが・・あぁ飲んでるよ!と投げやりな言い方で・・お酒を飲んで車を運転したら駄目だろう!・・いや、良いんだ!・・なっ何が良いんだ!・・父親は酒臭い溜め息をフゥ~~と大きく付くと説明を始めます・・俺は見てしまったんだ・・今日女房の奴のおかしな噂を聞いたので確かめに行くと・・女房の奴・・くそっ!・・他の男と・・俺は現場をこの目で見てしまったんだ・・こんな情けないことが何処にある?・・俺はもういいんだ!・・今日は飲んで飲んで、俺の愛車と一緒にどこかにぶつかって死んでやるんだ・・だから放って置いてくれ!・・ちょっ、ちょっ、ちょっと待ちなさい!取締官はとりあえず父親を車から降ろし、夜風に当てさせます、人生悪いこともあれば良いこともあります、そうそう運転手さんには子供は居ないのですか・・います可愛い子が何人か・・その子供さんの為にも頑張って・・・一生懸命なだめます・・家はどの辺りですか?・・近所です・・それじゃぁ近くまで先導しますので、気をつけて付いてきてくださいと・・間違っても死のうなんて無茶を考えては駄目ですよ!と・・無事に家に着いた父親は取締官に子供の為にも何とか頑張ってみますと礼を言って送ります・・取締官は今日は哀れな男の命を一つ救ってやったという満足感に浸れたかも知れません、しかし数日経ってもしかして?と疑いを持ったかも知れません、後の祭りです。

 

 父親はいざという時の為に、自動車講習会にはせっせと出向きます、そのお陰で上級優良運転者証か何かの賞状を保持しています、今のようにゴールド免許証とか無かった時代です・・また経済が高度成長していた時期は、仕事のお客さんから、車と分かっていても一杯飲んで行けとよく言われ俺の酒が飲めないのか?言われれば断りにくいところもありました、
飲酒運転を肯定なんかしませんが、お盆やお正月は警察官も一杯引っ掛けて運転していた時代です・・

 

 親戚が集まった時、父親の弟である叔父さんにも聞いたことがあります、この人の場合お酒の飲みすぎで肝臓を悪くしていて普段から顔色が悪いのでシリアスな演技も可能でした、飲酒検問に引っ掛かる場面から、車を停車してウインドウのハンドルをくるくる回して下げるところまでは同じです、開けた瞬間右手の掌を取締官にかざし、全ての言動を制止して何にも言わせません、で、で出る!・・あっ!、家・・スグ・そこ・・トイレに・・行かせて・・お願い・・また戻って・・くるから!、あっ!あっ!と顔面蒼白にして冷や汗まで流して訴えます、取締官もこんなところで臭い思いをするのはご免です、早く行きなさい!とこそっと行かせてくれます、当時の日本の警察官には人情がありました・・まさかくさい演技だとは気づいていないと思います・・

 

 母親の弟である叔父さんにも聞いたことがあります、この人の場合は、持ち前の度胸で解決したそうです、車を停車してウインドウのハンドルをくるくる回して下げるところまでは同じです、その次に取締官がアルコール検知測定器(例のマイクみたいなモノ)を口元に近づけ、息を吹きかけなさいといいます、叔父さんはOK!OK!と軽い調子でマイクに向かってあぁ~あ~と声を出します取締官は、いやいや声はいいから息を吹きかけなさい!あっ!ご免ご免!はっあぁあぁ~と今度はもう少し大きな声を出すそうです、取締官は君ねぇ!とやり直させますがこれを4~5回繰り返すと、もういいから行け!となるそうです、この叔父さんは歌がとても上手で発声法なんかもマスターしてます、声は出しても息は漏らしません、こんな所でも歌の技術を活かせます、実はこの叔父さんの逃れ方は私も2~3度使わせて頂きました・・使えます・・ですが善良な市民の皆様は絶対に真似をしないで下さい、この話は現在のように、飲酒摘発一発免停で莫大な反則金が無かった頃のことです、今はお酒を飲んで絶対に車に乗ってはいけません、何かあると取り返しの付かない後悔することになります・・・

 

 この人達は言いました、自動車免許証は非常に重要だ、これを取られると即仕事に影響し、生活が危ぶまれることにもなる、馬鹿正直にホイホイ差し出すことは出来ない、だから多少のことで危機を逃れられるなら演技でもなんでもすると・・彼らも後々になってしてやられたかな?と思って一人で苦笑いしているかも知れないと悪びれることもありません・・なら初めから飲んで車に乗らなければいいものを、私も偉そうなことは言えませんが・・ただ通常は緊張する警察官の面前で咄嗟にここまでの演技が飲んでいても出来る人達は事故を起こすことも少ないでしょう・・くれぐれも良い子はマネをしないで下さい、私は何の保証も致しません・・・