昔アメリカのテレビで「ルーツ」という黒人原作者の自伝小説を連続ドラマ化したシリーズが話題となりました。日本でもトヨタや日産がスポンサーとして後押しして放映され国民の関心を集め「ルーツ」の言葉そのものも日本語化したと聞きました。原作者の7代上のクンタ・キンテがアフリカから奴隷として連れてこられ一族の苦難や解放されて自由になるまでのエピソードが詰った人間ドラマで、何年か前にもリメイクされ話題となりました。原作者のアレックス・ヘイリー自身先祖か開放される前までの家系の出来事は一族が集まると必ず話題になったという言い伝えで構成されたことを認めていますし、その言い伝えをもとに西アフリカまで渡り、自分が聞き及んでいた伝承と共通した歴史を諳んじる「語りべ」に出会いさらに何代か上系に遡ることも出来たとも記録しています。
原作者の先祖のうち不幸な奴隷時代は、読み書きを禁じられていたこともあり、口で伝えるしか術が無かった時期もあったようですが、発祥のアフリカでも脈々と語りべが口承していた事実は大変興味深いものが在ります。世界の歴史的には文字を持たない民族がたくさんあり、文字を持っていても事情により文字として記録したり、宗教的に文字として残せなかったこともあったようです。口伝えで伝承していくと言うことは、伝言ゲームのように伝わるうちに少しずつ変化していまうリスクや継承者が続かず途切れてしまう危険性も考えられますが、私はそれらを考慮しても伝承の本質は思いのほか正確に伝わるものと考えます。
ネイティブアメリカン、アボリジニ、アフリカ、イヌイットやハワイ他諸島民族の特に神話の伝承が口承されています、日本でもアイヌが民族の神々の神話や英雄の伝説等をユーカラという叙事詩として伝承しています。テーマは伝言ゲームの遊びではなくて恐れ多い神々の神話や英雄伝説を扱っています、それを後世に残すと言う確固たる目的をもって口伝していくのですから真剣に伝え真剣に憶えたことと思います。語りべ自体も誰でも出来る役ではなく選ばれた存在で予備的な語りべも準備されていたかもしれません。
口承には一子相伝とか秘伝とかの口秘といわれる儀式に用いる舞や踊り、武術や芸道の奥義とか長い時間を掛けて身体で習得した技術を伝承者が素質のある弟子に長い時間を掛け承継する、伝える側は自身が覚えたと通りの方法で伝えるので、絵や文字は誤解を生む存在となる、現代の様にVTRとかあれば参考になるかも知れないが映像に映せない視ても判らない部分もあります、工業技術にもそういう部分は沢山在ります、金属材料の硬度が違ったり、素材が持つテンションが違ったり経験に基づく技術のノウハウは理由も含めて見えません。
だから間違うことが出来ないものを口承したともとれます。ただこの方法は原住民だけの専売特許ではありません、日本の正史といわれる日本書紀、これを補足する古事記は民間伝承や異聞、外聞の集大成です、これでも不足なら風土記、神社、仏閣の縁起、由来等文字にはされていますが、ややもすると歴史の勝者に改ざんされてしまう歴史の事象の考察に多方面から情報を提供しています。お隣の韓国にも三国史記と三国遺事の似た関係の歴史書があります、この国は政権交代が激しく、その度に都合の悪い歴史書は焚書されていますのでややこしくなっています。キリスト教の福音書も弟子ごとに存在していたようですが未だに操作しようとしています。
意図的に隠されても証拠が無いから無実だ、偽造された証拠でも偽造が証明できなければ無実だ、事実を聞いたが証明できないから無実だ、文字で記録された法は解釈が複雑になり誰にでも容易く活用できません。語りべが口承で伝えてゆく事実には証拠も証明も要りません信憑性も何も超越したスタンスで正確に後世に伝えるべき事柄のみ語り継いでゆきます。これは道を極めた様々な分野の達人もその技術・奥義の伝承に採用する方法なので、真実を伝えている可能性があります。ただ解釈には贅肉の無い脳みそが必要かも知れません。
うちの母親は祖父と祖母と一緒にいた時間が長く祖父や祖母からその上系の話を誰よりも沢山聞いています、祖父はお酒が少し入れば上機嫌で色んな話をしてくれたそうです、酒の肴を造りながら、母親は話相手にもなっていたようです、祖母には姑さんはどんな人だったの?とか育ててくれたお父さんはどう?とか上手に聞いたそうです、多分そんな話を聞いたのは父親を含めたその代では母親だけだったと思います、そのお陰で私はまともに話したことも無い祖父母のことを知り得たし、そのほか親戚の過去の出来事とか知ることが出来ました。
その話の中にはあの人にこうされたとか、本当はこうだったんだとか悪い想い出も沢山入ってたりするので、嫁は自分の悪い思い出は自分の代で断ち切るもので伝えるものじゃないと言っていましたが、それでも母親から観えた事実の形として聞いておくのは悪いことではありません。私は父親からも一杯聞きましたし、聞いた私が感情コントロールできれば問題ないことだと思います、親戚にもポイントポイントで誰にも言えない話を沢山聞きました。先祖の話も沢山聞きました。母親はある意味語りべでした、国の歴史とか情勢とか大それた話ではありませんが自分だけが知りえた情報を私に伝承して逝ったのです。そのお陰で家というものに対して考察する時のかけがえの無い参考になりました。
私が母親から聞いた情報やその他知りえた情報を誰かに伝える時が来るのかどうか分かりませんが、このブログで発信している情報もそんな環境下で感じ、伝えたいと思ったことであるともいえます。何時かは一方的に発信するだけでなく、誰もが持つ自分だけが知りえた情報や考えを語って戴けたらと思います