心ノ眼

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~きあらがお届けするオリジナル小説と時々感じる日常の世界~

いらっしゃいませ、きあらのブログへご訪問くださり、ありがとうございます。


心ノ眼…物語を読むときに使う、目に見えない場所

みなさまの心ノ眼に映る世界をお届けできれば幸いです


【目次 タイトルをクリックして下さい


~君に捧ぐ~

小さな身体に威嚇的な瞳。

時々見せる憂いを帯びた表情は、

孤独な彼女が僕だけに知らせた精一杯のSOSだった。

決して嫌いだったわけじゃない。

ただ、あの頃の僕らはあまりに若く、

「死」とは最も縁がないものだと思っていただけに過ぎなかった…。

全30話完結


~恋文~  

高校時代のモテ期はどこへやら、大学に入ってからは

すっかり恋愛から遠ざかっていた僕のもとに届けられた一通のラブレター。

肝心の名前がなく、僕を想ってくれる『彼女』が誰だかわからない!

あの子もこの子も、なんだかみんなが怪しく見える。

この美しい言葉を綴った恋文の持ち主を、僕は見つけられるのだろうか…?

全32話完結


~幸せ切符~  

幸福行きの乗車券は存在するのか?

生まれもって重度の不幸を身に纏い、ついたあだ名が「生ける死神」

僕が大切にすればするほど、その相手には必ず不幸が降りかかる。

それならばいっそ誰も愛さない。愛してはいけない…

そんな僕の前に現れた一人の女性。

孤独をとるか、それとも差し伸べられた手をとるか…

全39話完結


~轍~  

物心ついた時から片時も離れなかった幼馴染。

幼少の頃の夢を「正義のヒーロー」と掲げた彼女は、

ある事件を境に一切の消息を絶った。

それは忘れたくても忘れられない過去の悲劇。

十年後の彼女との再会をキッカケに、僕の世界が変わっていく。

この世にまっすぐなものなど一体どれほど存在するのか?

歪んだ世界の中で、

それでも互いの存在を求め貫いたそれぞれの想いの形…

全159話完結


~菜萵苣~  

大きな屋敷に住む無機質な彼女。

金色の長い髪を纏い、遠くを見つめるエメラルドの瞳。

囚われの姫のようなその少女の悲しみの正体は、非現実的な日常。

まるで御伽噺に迷い込んだような彼女の世界に付き纏う歪んだ愛情。

似ているようでまるで違う世界に生きる僕たち。

その美しく長い髪を僕のためにおろしてくれたなら、

僕が今すぐ君を救ってやれるのに…

現在連載中



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 ↓現在連載中の「菜萵苣」の翼とファリエルの絵です。

描き手は読者の皆様の中ではすでに言わずとしれたミントちゃん。

毎度ながら、本当にステキな絵を描いてくださいます。  




尚、著作権はミントちゃんにあります。

無断転載固くお断りしております。

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2010年の幕開け。

皆様、あけましておめでとうございます。



めっきり更新が滞ってしまい、モニター上とはいえ、本当に合わす顔もございません…。

お久しぶりです、きあらです。

12月、どういうわけか息つく間もないほどの多忙な毎日を過ごしておりまして、

ほとんどパソコンの前に座れないという悲惨な結果となりました。

この休みの間になんとかリズムを取り戻して、皆さんのところへお邪魔させて頂きたいと考えると共に、自分の小説も更新できればなと思っています。

更新のない間も変わらず足を運んで下さった方々、2009年はそんな皆様の支えがあったからこそ、自分はこうして新年の挨拶をこの場でできているのだと、改めて感謝の一言に尽きます。

まずは新年のご挨拶までに。

本年も宜しくお願い申し上げます。

皆様も、どうぞよい新年をお迎えください。


またゆっくり皆様のところへご挨拶にまいりたいと思います。


                                2010.1.1 きあら



静かに、けれどハッキリとしたリューイの拒絶の言葉。

それはようやく落ち着きを取り戻しつつあった僕の頭を再び混乱に陥れた。

「え?どうしてだよ?そうするより他に道はないだろ?」

「それだけはできません」

「冗談だろ?」

しばらく押し問答を続けるものの、リューイは頑として受け入れなかった。

「じゃあどうすんだよ!?このまま何も変わらずあの家で暮らすのか?!ファリエルの記憶が完全に戻ってしまってもお前は知らない振りをするのかよ!?」

終わりの見えないやり取りに痺れを切らしたのは僕の方だった。

声を荒げてリューイの胸ぐらを掴む。

「お前が幸せにしてやらなくてどうするんだよ!?可愛い妹だろ!?ちゃんと愛してやれよ!」

「それは貴方のするべきことだ」

静かに僕の目を覗く瞳に、強い光が宿っていることに気付いて息を呑む。

やがてその強い光は、深い悲しみの色に変化していった。

そして彼はずっと隠してきたであろう真実を口にした。

「僕は彼女の母を…自分の義理の母を殺した」

いつかの日にリューイが心の中に秘めた本音を吐き出した夜を思い出す。

胸ぐらを掴んでいた手は自然に緩み、魔法をかけられたように身動き一つとれなくなった。

「ファリエルも僕も、義母にとっては私利私欲のための道具に過ぎなかった。あいつは誰のことも愛していなかった。すべてはウィンザード家の権力と金欲しさで、このままではいつかこの魔女のような女にすべてを乗っ取られてしまう…幼いながらに僕はそれを感じていました。邪魔だから消す。子供故の残酷な考え方です」

虫も殺せそうにないこの男の目つきに一瞬ぞっとした。

虚ろな両の目が何の感情も持っていないことで、彼の中に潜む闇の深さを思い知る。

「それでも、ファリエルにとっては血の繋がった母親です。貴方は家族を殺めた男に愛する者を託すおつもりですか?」

言葉が何も浮かんでこなかった。

知らなかったわけではない。実際あの夜、リューイが誰かしらの命を奪った過去を背負っていることを僕は気付いていたのだ。

そして、それがファリエルの母である予感もしていた。

「兄を愛しただけで正気を失うような娘の傍にいるためには、僕はあまりにも正気を失いすぎた。母を殺した男が一体何を守れると言うのです?そんな男といて、これ以上彼女に背徳の罪を着せるつもりはありません」

一瞬頭に浮かんだ残酷な言葉。

わずかな自問自答もできなくなった僕は、考えるのを放棄して思うままに口を開いた。

「ならお前が全部背負え」

「…え?」

「ファリエルはどうせ母親を殺したのが誰かなんて知らないんだろ?死んだことを知っているかどうかもわかったもんじゃない。それならその真実をお前が墓まで持っていけ。何も苦しんだのはファリエルだけじゃないことくらい俺でもわかる。お前だって苦しんでたのを俺は知ってる。だけど、お前はファリエルを守るって言ったよな?それなら守り通せ」

今度はリューイが言葉を失う番だった。

ためらうような表情を見せるリューイに僕は小さく息を吐いた。

「恐怖や不安から解放されたお前たちの顔が見たいんだ。俺にはそれ以上に望むものなんてないんだよ」

驚いたように目を見開いたリューイが、やがて眉をハの字に曲げる。

「翼様、貴方は本当に不思議な人です」

「不思議キャラはお前の方が上だ。俺はわかりやすい男だって自覚がある」

「貴方は殺人者が怖くないのですか?」

「目の前の男に負ける気がしないので怖くない」

小さく笑って、リューイが前髪を手のひらでグッと押さえつけた。

「僕は…僕は自分が怖い。頭に血がのぼると何をしてしまうか自分でもわからなくなる時があるんです。目の前のことしか見えなくなる」

「それは俺も同じだけど」

リューイの癖を見た僕は、ぎゅっと拳を握り締めた。

「吐き出せ」

「え?」

「吐き出せよ。今思ってること全部」

唇を真一文字に結んだリューイが、諦めたように頭を垂れた。

冷たい風が彼の美しいアッシュカラーの髪を勢いよく吹き上げる。

「僕はたくさんの罪を犯してきた。それでもファリエルを大切に思う気持ちは変わらなかった。そんな資格が僕にあるとは思えないけど、だけど…」

言葉を区切ったリューイが、顔を上げて僕を見る。

ガラスのように透き通った瞳から、一筋、また一筋と頬を伝う涙が溢れていた。

「一度彼女の中で赤の他人となってしまった僕は、もうファリエルを妹として愛せないんです。そんな自分が、僕は誰よりも憎い…」


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僕の告白を聞いて、両の瞳の揺らめきは一層強くなった。

一言一言、確かめるように言葉を繋いでいく。

「はじめはそういう感情で彼女と会っていたわけじゃない。だけど、ファリエルの瞳に映る自分を見ている内に、俺は彼女を一人の女性として見ていることに気付いた。昨日もファリエルの口からお前の話が出た時、必死にお前の存在を否定した自分がいた」

自嘲気味に笑ってから、揺らめき続ける瞳を見る。

ここで視線をはずしてしまうことは、リューイに対する裏切りのように感じた。

「記憶が甦ってしまうことを恐れたのか、それとも単純に嫉妬だったのか、それは今でもわからない。ただ怖かったんだ。ファリエルの瞳に映る必要のなくなった自分を想像するのが、どうしていいかわからないくらい恐ろしかった」

「なぜそう思うのですか?」

「当然だろう。実の兄の記憶がハッキリ甦れば、彼女はまたお前を愛するだろう。俺が彼女の傍にいる必要なんてどこにもなくなるんだよ」

僕たちはどちらからと言わず距離を縮めた。

二人の間を吹き抜ける風の冷たさに耐えられなくなってきたのだ。

「俺は初めから身代わりに過ぎなかった。それなのに、俺は自分の気持ちを制御するのを忘れていた。情けないよな」

初めて誰かに漏らす弱音。

周囲を威嚇し、虚勢し続けて生きてきた僕は、自分の弱さを語るなどかっこ悪くて死んでもすることなどないと思っていた。

それだけリューイという人間は、僕にとって特別な存在だった。

一呼吸置くと、寒さで澄んだ夜空を見上げた。

「ファリエルが変化したのは、翼様、貴方がいたからだと僕は思っています」

「そうかな。俺にはよくわかんねえや」

「いつかこうなる日がくるかもしれない。そんな覚悟がまるでなかったと言えばウソになります」

空に向けた視線をリューイに移すと、彼はゆっくりと眉を下げて微笑んだ。

「貴方はファリエルにとって必要な人です。僕にとっても」

この男は僕よりきっとずっとできた人間なのだ。

「ありがとうな。俺にとってもお前たちは大事だよ」

「面と向かって言われると照れますね」

「お前が言うな」

握った拳を軽くリューイのみぞおちに食らわせると、優しさを帯びた瞳を見つめた。

「そういう目、お前らはやっぱりよく似てるよ」

「そうですか?」

「なあリューイ。俺はお前たちに出会って、自分がこの世に生まれてよかったって思えるようになった。誰かの幸せを願う日が自分にくるなんて思わなかったけど、そう願える人間ができた。それはもちろんお前たち兄妹に対してもだ」

彼の笑顔につられて僕も笑うと、一日かけて辿り着いた答えをリューイに告げた。

「だから、逃げろ」

「…え?」

リューイの瞳が大きく揺れた。

構わず僕は言葉を続ける。

「お前の親父の下から、できるだけ早く、できるだけ遠くにファリエルを連れて逃げろ。俺が最後まで全力をかけて守ってやるから」

いったん言葉を区切って、僕は目の前の男に軽く頭を下げた。

「ファリエルを幸せにしてやってほしい」

これが僕の出した答えだった。

誰かを愛する感情は、常識や理性ではどうにもできないということを僕はファリエルを愛したことで身をもって知った。
それならば、彼女がいっそ全てを受け止め、兄をまっすぐに愛せる場所へ導いてやればいい。

「姿形は目の前から消えても、俺の中からお前たちがいなくなるわけじゃない。それは失う意味を持たない。ファリエルは心も体もめちゃめちゃに壊され、充分苦しんだはずだ。兄を愛するのが神に背く行為だと言うのなら、彼女はもう充分その罰を受けた。何もかもから解放してやってくれないか?」

長い沈黙が流れた。

リューイは体をぎゅっと硬くしたまま正面を見据え、やがて静かでいて有無を言わさない口調で一言こう言った。

「それはできません」

その声はかすかに震えていた。

おそらく寒さのせいではない。

何かに必死に立ち向かっているような強さと、すぐにでも崩れてしまいそうな弱さを持った不思議な声だった。


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☆感謝☆

皆様の暖かい励ましのお言葉の数々のおかげで、二話連続100話突破することができました。

当物語も、いよいよ大詰めです。

最後までどうかお楽しみ頂ければ幸いです。

ありがとうございます!




冷たい風が夜の森を不気味に走り抜ける。

僕は木の根に腰を下ろすと、冷たくなった指先に息を吹きかけた。

昨夜はロクに眠れなかった。

響子や桜子嬢は何も聞かずにいてくれたが、あの光景を見せて何の説明もしないというのは酷だったかもしれない。

けれど、すべての経緯を説明する余裕は今の僕にはなかった。

結局家にいても落ち着かず、リューイと約束した30分前にこうして待ち合わせ場所に到着してしまった僕がいる。

冬の目前に差し掛かった寒さは、自分の頭を冷やすのにはちょうどいい。

僕は目を閉じて、心の動揺と共鳴する草木のざわめきにじっと耳を傾けた。

やがて、遠くからザクザクと規則正しい足音が聞こえた。

目を開けると、目の前に穏やかに微笑む男が立っている。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いや、まだ時間じゃないし。俺が勝手に早くきただけだから」

そう言って視線だけで隣に腰を下ろすよう促す。

リューイが僕の隣に座ったのを確認してから、僕は小さく息を吐いた。

「ファリエルの様子は?」

「相変わらずですよ」

「そうか」

何から話せばいいのかわからず、その後はただ沈黙が僕たちを支配した。

僕の様子がおかしいことに気付いているのか、リューイは自分から口を開こうとはしなかった。

時折吹く冷たい風は、隙間だらけの僕の心にまで届くようだった。

いつまでもこうしているわけにはいかない。

そう意を決して、僕はすべての流れを変えてしまう覚悟で口を開いた。

「単刀直入に結論から言う。ファリエルの記憶にお前がいる」

「…どういう意味ですか?」

言葉の意味を図りかねたのか、気配だけでリューイが僕の方を見たのがわかったが、その視線を受け止めることは僕にはできなかった。

「冷静に考えれば、その変化はもうずっと前からあったんだ。だけど、俺にはそこで気付くことができなかった」

正面を見据えたまま僕は言葉を続ける。

一度切ってしまった口火は、驚くほどすらすらと言葉を紡ぐことができた。

「ファリエルは昨日俺に向かってこう言った。自分の兄はヴァイオリンがとても上手だと」

静かな空気の振動でリューイが息を呑んだのがわかった。

彼の顔を伺わずに、僕は躍動のない言葉を続ける。

「お前の本当の名前もハッキリと口にしていた。リジュエルお兄様と」

「ファリエルが…僕を?」

搾り出すような声が空に空しくこだまする。

僕はそこで大きく深呼吸すると、困惑した瞳をじっと見つめた。

「もう限界だ。お前の親父がかけた怪しい術も、もうファリエルには通用しない。お前の様子から見ると昨日の記憶の甦りは一時的なものだっただろうが、いずれハッキリ思い出す日がくると俺は思う」

「どうして?」

「そんなのこっちが聞きたい。だけど、俺はファリエルと二人で会うようになってから、徐々に彼女に人間らしさを感じるようになっていた。今思えば、それが危険信号だったんだよ」

リューイはゆっくり正面を見つめて、それから膝を抱えた。

僕たちの体温を奪う風は容赦なく吹き続ける。

ジャケットのポケットに両手を突っ込んで空に向かって溜め息をつくと、微かに白い息が一瞬だけ空中を漂って消えた。

「僕を…僕を思い出してしまったら、また同じ事を繰り返してしまう。それだけは何があっても避けなければなりません。これ以上過ちを犯してはいけないのです」

それは口に出さなくてもわかりきったことだった。

僕と同じように、この男も混乱しているのだ。

こうして言葉にしなければ、これからの不安に押し潰されてしまいそうな恐怖を感じているのだろう。

僕は愚かだった。

こうしてリューイを目の前にするまで、ファリエルを失うことだけに恐怖を抱いていたが、それはこの男に対しても同じことが言えるのだ。

僕はファリエルを失うのと同じくらい、リューイを失うのが怖い。

そんなことすら忘れてしまっていた自分がおかしくて、僕はフッと息を吐いた。

「翼様?」

「いや、悪い。なんかおかしくてさ」

僕はそう言ってリューイを見つめた。

自分でもきっと驚くほど自然に笑えていただろう。

「俺、ファリエルを妹とは思えないよ」

「でも…」

色の違う二つの瞳が迷うように揺れている。

この先何がどうなるかわからない、だけどこれだけはきちんと話しておかなければならない。

僕はリューイを見つめたまま、誰にも言えず閉じ込めていた想いを口にした。

「好きなんだよ。どうしようもなくファリエルのことが」



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今日は皆さんのところへお邪魔する時間がとれそうにありません。

すみません!

少しずつですが、必ず遊びに寄らせて頂きます。


言葉を失って呆然とファリエルを見つめる僕を不思議そうに見つめ返すエメラルドの瞳。

鏡のように澄んだ両目に映っているのは間違いなく僕だ。

それならば、彼女の中の「兄」は、一体誰を指しているのだ?

「ツバサ?」

どう返事をしていいのかわからない。うまく微笑む自信もない。

一人時間の止まってしまった僕の異変に気付いた響子が大声で僕の名を呼ぶ。

ハッと我に返って目の前の三人を順に視線で追っていく。

「悪い。ちょっとぼーっとしてた」

「大丈夫?具合が悪いの?」

心配そうに僕の目を覗き込むファリエル。

彼女のその瞳に自分が映っている必要があるのか、ほつれたところからどんどんと不安が溢れてくる。

「お兄様って…?」

気付けば最も触れてはいけない言葉を聞き返した自分がいた。

なんてことはない風な表情でファリエルが首を縦に振る。

「ええ。リジュエルお兄様よ。バッハをよく演奏して…」

「違う!!」

ファリエルの言葉を大声で遮る。

驚いて目を見開くファリエルの両肩を掴んで、僕は溢れ出る不安を吐き出すようにでたらめに言葉を続けた。

「違うよファリエル。ファリエルの兄は俺だ。ツバサだよ。ほら、思い出して?あの日血を分け合っただろ?ファリエルの兄は俺だよ。リジュエルなんて存在していないんだ。それはキミが兄を欲していた時の架空の人間なんだよ!」

忘れられてしまうのが怖い。

必要とされなくなってしまうのが恐ろしい。

大切なものを手に入れて臆病になった僕の前に突然何の前触れも無く突きつけられた現実。

その事実から逃げたい一心で、僕は無意識に震える手にグッと力を込めた。

同時に手首に鈍い痛みが走る。

視線を移すと、厳しい表情をした響子が僕の手首を掴んでいる。

「そんなに力入れたらファリエルが痛がるわよ」

「あ…俺…」

そっとファリエルの両肩から手を離すと、そのまま彼女に頭を下げた。

「ごめん。どうかしてた。ごめん…」

情けなくて涙が出そうだ。僕は己の醜さを心の中で思い切り罵った。

その場にいた誰もがしばらく動けずにいた。

やがて静かで穏やかな声が僕の名前を呼び、それから暖かい何かに体を包まれた。

「ずっとツバサといる。だから泣かないで」

いつかの出来事を思い出す。

悲しい顔をしていると言ったファリエルが僕に告げた言葉とそれは同じだった。

ぬくもりが離れ、エメラルドの瞳が僕を再び覗き込む。

そこに映っていたのは、彼女の熱情の色に包まれた僕。

けれど、彼女の記憶の中に本当の兄が甦った今では、その熱情が果たして誰に向けられたものなのか、それを判断できる要素などもう僕の中には何もなかった。



彼女の記憶の甦りは一時的なものだった。

その後、響子と桜子嬢の機転で僕が作り出した重い雰囲気をかろうじで回避した昼食は、リューイがファリエルを迎えにきたことでお開きとなった。

だが、ファリエルはリューイを兄と呼ぶことはなく、いつもと同じように僕とまた会う約束を何度もしてから別れを告げた。

リューイに真実を話さなければならない。

時間が経って少し冷静さを取り戻した僕は、誰にも気付かれないようにそっとリューイに明日の晩この場所で待つように囁くと、ファリエルを強く抱きしめて金色の髪に唇を落とした。

この幸福も、もうすぐ終わるのだという予感を胸に…。


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しばらく更新滞りましてすみません。

その間も変わらず遊びにきてくださった皆様、本当にありがとうございます。

今日はあと一回更新目指します。