『惚れたが負け』の続きです。
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彼女の初ライブは大好評だったらしい。
出番前なんて産まれたての子鹿みたいだったのに、1度歌い始めてからは怖いくらいに落ち着いていて、人前が苦手だなんて言っていたのが嘘みたいだった。本人曰く舞台上での記憶はあんまり残っていなくて、ただ一瞬の光に見とれていたら終わっていたらしい。どうやら彼女はステージの上で化けるタイプの人間だったようだ。ライブの反響はとても大きくて、ライブハウスの付近に住む高校生の間で彼女はちょっとした有名人になっていると、後日愛佳から連絡が来た。
そんなライブから数週間。私も部活の大会が近づき、彼女のバイト先に顔を出すこともなくなっていた。
朝練で散々体をいじめ抜かれて、最近は彼女との時間も歌を聞くだけで終わってしまっている。
今日もしっかり最終下校時刻まで絞られ、部室のベンチで伸びていると、両サイドに誰かが座る気配が。
「りさ〜」
「おつかれ」
基本的に人と関わるのを疎ましく思っている自分が、何故部活なんぞをやっているのか。理由の大部分はまだ私が何も考えていなかった頃に仲良くなったこの幼馴染の影響だ。
滑舌が絶望的なキャプテンの菅井友香と美容と根性の鬼軍曹守屋茜。
2人とも歳はひとつ上だが、小学生の頃入っていたバレーボールチームで、何かと気にかけられていた。その後、高校は2人からの熱烈な推しと親への根回しに私が根負けした形で同じ学校、部活に入り、こうして今も縁が続いている。
「お疲れ様です。」
体を起こして挨拶をすると、2人はニヤニヤしながら肘で小突いてきた。「最近ちゃんと来てえらいじゃん。」
「来なかったらシメられるじゃないですか。」
「ちょっと喝入れるだけじゃない。」
「それを世間一般ではシメるって言うんです。」
さすがは3年生というところか、2人にはまだ余力があるようだった。
「それで、何か用事ですか?」
「これ、理佐の荷物持ってきたから、さっさと帰るよ。」
「BLACKSHEEPだ。」
帰り道、ふと通り掛かったCDショップに張り出されたフライヤーを見て、友香が何の気なしにつぶやいた。
「え!もうこっちまで出てきてるんだ!」
茜が大きく反応する。
何となく紙面の文字を追うと、近々駅前広場で行われる野外ライブに出演するらしい。
「あら、理佐が食いつくなんて珍しい。」
「え、りさ知ってるの?」
「いや別に、聞いたことがあるだけです。」
「へぇ、あの理佐がねぇ?」
私の言葉を聞いた2人の反応は正反対だった。
喋る声に野次馬精神が含まれ始めた茜に対し、友香は目が飛び出そうなほど驚いている。確かにイメージはないだろうけど、そんなにか。
「こういうの興味無いタイプかと思った。」
「興味は無いですよ、従姉妹が知ってたってだけで。」
「従姉妹って、あぁ愛佳の事ね。お家がライブハウスやってんだっけ?そりゃあ知ってるか」
なんで愛佳のこと知ってるんだこの2人は。
そしてうちの親はどこまで喋ったんだ。
そう問い詰めたい気持ちを抑えて歩き出すと、
そういえば、と友香が思い出したように口を開いた。
出てきた名前に、どくん、心臓が大きく波打つ。
「新しい子が入ったんだって、確か、由依ちゃん?だっけ」
「あー、ゆいちゃんずね。この間のライブ凄かったらしい。」
「可愛くて歌も上手くて楽器もできて、何やったらそんなふうに育つんだろうね」
「そういえばさ、新しい方のゆいちゃんは欅校じゃないらしいよ」
「へぇ、どこの子なんだろう」
「噂ではさ……」
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聞くところによると、彼女が出るライブはかなり好評らしい。
表現の世界の空気が彼女に合ったんだろう。
1度目のライブでその片鱗を見せていた彼女は、短期間でメキメキと上達していた。数ヶ月経った今、ライブハウスの常連中で彼女のことを知らない人はいない。
ライブ前に緊張してしまうのも多少は改善されたようで、今は私がいなくとも落ち着いていると愛佳が笑いながら言ってきた。
私の存在がなくとも彼女は前に進める。
そんなことが分かったら、また身勝手な独占欲とそれに対する自己嫌悪に苛まれるんじゃないかと思ったが、意外とそうはならなかった。
多分、学校生活がほとんど変わらなかったからだと思う。
「また愛佳の髪色が変わってたんだよ。あともんちゃんは黒に戻ってた。」
「もんちゃん?」
「鈴本ちゃん。でね、由依も染めてみれば〜って言われたんだけど、どう思う?」
「知らん。染めたきゃ染めりゃいいんじゃない?まぁ元々色素薄めだから茶系とかだとあんまり変わらないだろうけど。」
「理佐ちゃんのは、何色なの?」
「普通に明るめの茶系だけど」
「やっぱ最初はそれが無難なのかな。思い切って水色とかいってみればって言われたんだけど、ありだと思う?」
「なし。」
「なしかぁ。」
「よしんばメッシュいれるくらいじゃない。」
「メッシュもいいね〜!もんちゃんの見ててちょっと憧れてたんだ。」
「まぁ、好きにしなよ。」
「突き放さないでよ。」
出会った当初よりもずっとフランクになってきたものの、未だクラスメイトと話しているところは見ない。
そんな穏やかな関係にも終わりが見え始める。
BLACK SHEEPの勢いは留まることを知らず。
ネット上でライブを配信し始めたことが大きかったのか、活動地域はどんどん広がっていった。
大会が終わって友香達が引退する頃にはうちの高校にもその名前は届いてきていて、彼女も他のメンバー程では無いにしろ、その存在が見つかり始めていた。
クラスでも彼女に話しかける人が増え、始めの方は人見知りを発揮していた彼女も、人気に比例するように明るくなっていった。
「小林さん!この間のライブ見たよ〜!」
「あ、え、ほんと?」
「すっごくかっこよかった!歌上手いんだね!」
「そ、そんなことないけど…。」
「そんなことあるって!」
「……ありがとう!」
周囲の勧めで髪をいじり始めたり、化粧を始めたりするようになって、すっかり前とは別人だ。精神面もかなり変わったようで、すっかり自信に満ち溢れた顔をしている。もう彼女は、校舎裏で1人泣いていた頃の彼女では無い。
喜ばしいことのはずだ。
なのに、私はちっとも嬉しくない。
「あ、理佐ちゃん!」
「随分と、楽しそうだね。」
少しばかり嫌味を込めて言ったつもりだったが、毎度の如く彼女には伝わらなかったようで、
「楽しいよ!みんながあんなに優しいなんて知らなかった!」
なんて、なんとも呑気に笑う。
「そう。それは良かったじゃん。私には理解できないけど、」
「相変わらずつれないなぁ。あ、あの、ひとつお願いがあるんだけど…」
以前の彼女のような自信なさげな顔で、おずおずと聞いてくる。
「理佐って、呼んでいい?」
「なんで」
「なんかね、ちゃんづけって距離感じるって言れて、確かにって思ったから…だめかな?」
それが、あなたの意思で決められたことなら手放しで喜べたのに、他人の影響を受けているのが癪に障る。けれど、彼女の中での距離感が他の有象無象より遠いところにあるという現実は看過出来なかった。
「……好きにすれば」
不安げだった顔がぱぁっと明るくなる。
「ありがとう!理佐!」
今まで1番の、とびきりの笑顔で無邪気に私を傷つけてくれる。
「ゆいぽーん、行くよー?」
「はーい!じゃあね、理佐!」
すっかり人気者になった彼女を横目に、教室を出て体育館へと向かった。
休憩中ひとりでいると、あまり話さない後輩数人から声を掛けられた。
「理佐先輩!」
「なに。」
「理佐先輩ってゆいぽんと仲良かったんですか?」
「ゆいぽん?」
「小林由依のことですよ!」
仮にも上級生を呼び捨てか、気持ちが冷めていくのを感じたが、彼女らには伝わらなかったようだ。
「…別に」
「え、でもよく話してたって、」
「何情報?それ。」
「ちぇっ、紹介してもらおうと思ったのに。」
「……練習再開するよ。」
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「小林さんておもしろいんだね、もっと早く話せばよかった。」
「ねぇ、今度うちらでカラオケ行くんだけどさ、小林さんも来ない?」
「ねぇ、このコスメ知ってる?小林さん可愛いから似合うかもよ?」
「ゆいぽん、今度のライブも頑張って!うちら見に行くから!」
「あ、あの!ゆいぽんさん、ですよね!」
冬を迎える頃には、私たちは以前の関係性へと戻っていた。変わったのは、彼女がひとりぼっちでは無いということ。
「あ、理佐!」
久しぶりに声をかけられたかと思えば、怒ったような表情でずんずんこちらへと近づいてくる彼女。今までの彼女からは考えられない勢い。
それに無性に腹が立った。
「なんで最近ライブ来てくんないの?」
力強い声も、それでいて寂しさを滲ませる瞳も、全てが煩わしくなって目を逸らす。
「行く必要が無いから。」
「理由になってない。」
「別にいいじゃん、お友達が沢山来てくれるんでしょう?」
「何、その言い方。それに、理佐が来ないことに関係ないでしょ。」
「そもそも興味無いし、音楽とか。」
彼女に出会ったあの日から何一つ変わっていない私は、八つ当たりだと自覚しながらも毒を吐く。
言いすぎたかと目線を戻すと、彼女は傷ついた顔をするどころか、唇を尖らせていた。キッとこちらを睨んで、吐き捨てる。
「そう、いいよ。もう。理佐なんて知らない。」
初めて聞いた優しくない言葉。それに返す間もなく、彼女は振り向いていってしまった。
その日以来、彼女は私を避けるようになり、私も特に彼女と関わろうとしなかった。
結局、私達は一度も話さないまま冬休みを迎えた。
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お読みいただきありがとうございました。