退院して1週後、抜糸
医者から
『検査の結果、転移はありませんでした』
と、いきなり言われ
それは前にも聞いたけど今日はどうしたのかと思い
「それは予想通りだったという話ですか?」
とたずねると、医者は
「予想通りというより、希望通りだったっていう検査結果だね」
と、笑って言ってきた
乳ガンの手術をして
ガン細胞とその周りを検査に出していたのだが
そのことをすっかり忘れてた
医者も患者が変な質問をすると思って、笑って返答してくれた様子
あとからその話をガン手術を経験済の先輩に話したら・・・
「よかったじゃん!!そこが心配なんだよ!!!」
と、ものすごい喜んでくれて
移らないとか転移してないと言われても、手術の時にとったものの
検査でやっぱりちょっと何かあるってことが多いらしい
あとからそうだったのか・・・と
なるほどなこと多し
手術した病院では抜糸した後、別の日に放射線の説明を聞きに
放射線科を受診
すぐすぐ進むのかと思いきや傷口が治ってから放射線治療を開始
すればいいとなんだかのんびり
病院の方針で手術の日から2カ月以内に放射線治療開始という
目安があるとのことで
タイミングとしても決して遅いわけではないと
そんなこんなで手術したのは7月7日の七夕
(7月6~10日入院)
17日乳腺外科受診 抜糸
27日乳腺外科受診 傷口確認、放射線科の予約
8月14日放射線科受診 説明される
別の病院で放射線治療に通うため紹介状をもらう
18日別病院の放射線科受診
CT検査の予約
31日CT撮影(放射線治療の位置決定)
手術をしてから放射線治療が始まるまでって・・・
こんなにのんびりなのが一般的だなんて知らなかった
おばがガンと闘病したのはもうかなり前で
当時おばは乳ガンの軽度だったのだが、手術して数年後に骨に
転移が見つかり、その時はもうどんどん悪くなってしまった
あたしも中学生か高校生かくらいで
おばはどうにかガンを克服できないかと色んなことを調べたり行動したり一生懸命すぎるくらいで
でもそれもだんだんできなくなって出先で倒れてしまったり
どんな治療をどんなタイミングでなんて聞いていなかった
かなり前なので、もちろん今とはちがうのだが・・・
母は膵臓ガンで
見つかったときは末期も末期のステージ
これはまだ数年前なので記憶も新しいのだが・・・
手術なんて出来るレベルではなく、抗がん剤もすぐに始められず
とりあえず胆汁がつまってるからとそれを排出する管を入れる処置をしたり
抗がん剤は一概に悪いとかではないのだが
やっぱりダメージがひどい
良く知られている髪が抜けるというだけではなく
母の場合はどんどん食べられなくなり、吐くことも増え、体力も筋力も気力もなくなる
歩くことも難しくなったのか、それとも歩く気力がなくなったのが先だったのか
車いすに乗るようになった
トイレも間に合わなくなり
思い出すとなんともいえない
母がそうやって弱っていく姿を悲しく思うのではなく
いつもあたしの前では強気だった母が弱る自分を止められない
あたしは側にいることでお母さんはあたしの前では強気でいようってそー思うだろうと思ったけど
そうだったのかな
母が亡くなる2日前に母以外の家族が医者からの説明を聞く時があった
今はこんな感じですという状況説明
約束の時間より前に母の病室に行き、ちょっとしゃべっていたら呼ばれ、母は説明には行かないで病室にいると言う
あたしがカバンをもって出ようとすると
『お母さん見といてあげるから』
と、あたしの荷物は置いておいたらいいと言ってくれた
あの時はすでにフラフラして歩いたらいつ倒れてもおかしくないくらい体力もなかったのだが娘に対して母はそう言った
素直にカバンを置いて出たのだが
そんなことを急に思い出す
あれ?なんだったか
とにかく母のガンはひどすぎた
あたしの放射線治療は結局1日から開始
というか、そうしてもらわないと色々遅いし、同じ月でなるべく収めて限度額申請を活用できないと困る
これは病院によってあまり気にしないで日程を組まれることもあるので注意
放射線は短期照射で20回
放射線の単位はGy(グレイ)というそうで1回2,7Gy浴びる
あたしが行っているの放射線治療は待つこともなく、病院の滞在時間はだいたい30分程度
週に2回は放射線治療後に問診を受けるが、今のことろ特別なこともないので問診も一瞬で終わる
10日後くらいから皮膚が赤くなってきたり副作用がでやすいそうで
自分の乳を左右で見比べてみると、ちょっと色が違う?か?
ハッキリ言ってそんなに(笑)
治療前のCTを撮った日にマジックで胸に印をつけられる
線やバッテンを赤と黒のマジックで書かれ、簡単に消えないように
細く切ったテープでコーティング
消さないようにと言われたのに無意識にポリポリしたら爪の中にマジックのついたテープが付いてることがあって、ヤバし!と思って
翌日の治療の時にすぐに告白したら・・・
『ほかの印で合わせられるから大丈夫です』
そんなもんなの?
要はレントゲンの台に寝たときに上からレーザービームみたいな赤や緑の光が出てきて
それのポイントと体に付けた印を合わせてる
そうすれば毎回同じ位置に放射線を当てられるという仕組み
余談ではあるのですが・・・
放射線が出てくる機械はギザギザの金具が開いて閉じてビーって
音が鳴って、よく分からないが、どこかのタイミングで放射線が出てると思われる
その金具を見てると
映画『エイリアン』の口を連想してしまう
これ、体験した人だったら結構共感できるんじゃないかなと
まぁそんなことを思いながらまさに今月は放射線治療に通う毎日
20回通い終わったら、手術した病院の乳腺外科と放射線科へ受診する
で、今回の乳ガンの治療は終わり、今後は定期健診
もちろんまた違うガンは出てくるかもしれないけれど
今のところなんてことなく
ガン細胞を取ってしまったから、もう今はガンじゃないし
ガン細胞があったときも調子が悪いと感じることもなく元気だったし
申し訳ないくらい
でも見えない力に守られているような
そんな気もします
ガンになった経験をちょっとでも生かせるように
友達にもべらべらしゃべってますが、ここに残しておいて、ブログを
通じておしゃべりする活用法もあるし
何年か後に乳ガンについて聞かれたときにブログに残しておいて見直せたら、自分が記憶をよびおこすのにもいいなと
難しい説明はググったら結構出てくるけど
細かいことや身近なリアルな話ってそんなにないから
今日はそんな感じで放射線治療の巻?でした
テレビみてたら・・・
道子さんもガンだったのか・・・と
今さらだけど、そうだったのかと思った
やっぱ誰にでもなるときはなる
あたしは本当に運のいいパターンだと改めて実感