回復を待つ日々
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自分の最期を考えることは、悪いことじゃないと、今でもその考えは変わらない。
自死を選ぶことも、その一つだ。
ただ確実に周りに迷惑をかけるから、選ぶなら相当の覚悟が必要だと思うけど。

逃げることは恥ずかしいこと、情けないこと。
そう教わって、立ち向かうことを強要されて育った世代だから、逃げることにかなり抵抗がある。
一度逃げたら、一生逃げ続けなければいけないと思い込まされていた。
まぁ確かにそうかもしれないけど。

でも逃げてみて分かったことは、別に逃げ続ける必要はないってこと。
少し休んだら、戻ることだってできる。
それは自由だ。

私の場合は仕事で、どうやらパワハラを受けていたらしい。
自分では気付かなかったけど、人に話したらそう言われた。
なんでも自分のせいだと思い込む癖があって、だから外に原因があるとは思わなかった。
仕事ができないのも注意されるのも、全部自分が悪いんだと思い込んでいた。
でもそれは、今でもあんまり変わっていない。
だって、本当にできていないんだから。

でも辛くて辛くて逃げたら、それだけですごく楽になった。
もう仕事なんかしたくないって思ってる。
性格上、中途半端にはできない質で、だからって完璧になんかできないから、どうしたってストレスがたまる。
仕方ないって流せるほど強くもないから、済んだことをいつまでもぐだぐだ悩んで、さらに落ち込む。

外で働くことに向いてないんだなって、今更気付いた。
でも働きたくないって言葉にするまでには、だいぶ時間がかかった。
だって申し訳ない。
自分がやりたくないことを、人に押し付けてるような気がするから。
自分が嫌なことは人にもしない、言わない。
毎日のように子供に言ってきたけど、実際は逃げて押し付けて。
なんだこれって思う。
自分ができてないことを、子供にやれって言ってるこの矛盾。
吐きそう。

だから離婚も考えてる。
私じゃ主人も子も幸せにできない。
誰か他にいい人がいれば、その人が2人を幸せにしてくれるなら、2人がその人といて幸せになれるなら、喜んで離婚でもなんでもするつもりだ。
それもまた選択肢の一つだ。

私にはまだ死ぬ以外の選択肢がある。
生まれたら必ず死ぬことになっているのだから、選択肢が残っているうちは、とりあえずやってみようと思う。
思い付く限り、全部やってからでも遅くはないんじゃないかな。
どうしたって、最後は死ぬのだから。