結局のところ、
自分がどう感じるのかを尊重して
大切にするのが最適なのでは?
とふと思うのである。
周囲に意識の矢印が向きがちな私。
こう対処するのが一般的に正解?
相手からどう思われるのかな?
そんなことを考えること、多々。
だって周囲と摩擦が生じたら
しんどい思いするし、
人間関係の難易度は増すばかり。
そりゃ人とは円滑にいくのが最もいい。
でも、そればかりに気を取られて
肝心な自分を置き去りにしていることも
あるのです。
自分の本心はそうじゃないのに、とか
嫌でたまらないけど仕方なく、とか。
自分の人生、ってことを時々忘れてしまう。
それでいいのでしょうか。
最近、子どもが幼稚園に行かんのです。
色んなことが嫌だそうで。
元・登園拒否組だった私なので、
気持ちはわかるんです。
お友達と衝突することもあれば、
言われたことを
しなければならない不自由さもある。
幼い自分は
ずっと自由でいたかったような気がします。
そんなわけで、
子どもにも無理強いはしたくない。
けれども
幼稚園に行かないことで
各所に心配や迷惑をかけちゃうのも事実。
子どもの意思と
周囲への申し訳なさとの間で
板挟みになっている自分。
毎回どうすりゃいいんだ…状態です。
どちらかを尊重すると、
どちらかをないがしろにしてしまう。
とまぁこのように
周りを見ては
あたふたしていたわけですね。
そこで思った。
自分はどうなんだい?って。
ただでさえ親として不安で
しんどくなる状況ですよ。
一体、自分はどうしたいの?
そして、
自分が少しでも
楽になれる道はどれ?
子育ては長距離走と言われます。
全部を全力で受け止め、
周りに気を遣ってばっかりでは
身がもたない。
色々と気にはなる。
けど、自分の方針を堂々と持っていても
いいんじゃないか、と。
そこでようやく
自分に矢印が向きました。
私は経験上、
親に怒られて無理やりさせられても
余計に反発してしまったし
「どうせ自分の気持ちは
分かってもらえんのや…」と
殻に閉じこもることが増えた。
これは自分にとっての正解とは
言いにくい。
じゃあ昔、親にどうしてほしかったかな。
私は、
毎日自分の意思を通すのは難しいとしても
たまには聞き入れてほしかった。
頑張って登園するにしろ
否定しないで
今の自分の気持ちは
理解していてほしかった。
頑張ったことは素直に
認めてほしかった。
あの時の自分の気持ちを、
今の自分が受け入れようと
思いました。
そして、自分の子どもにも
そうしよう。
それが自分にとっての正解で
子どもにしてあげたいことなんだと
ようやく理解。
自分の心の声は
周囲の喧騒で簡単にかき消されるもの。
それだけ周囲の音って
大きいものです。
でもしんどい時こそ
ノイズキャンセリングして、
自分の内側のボリュームを上げる。
自然に入ってくる他人の音ではなく、
自分が聞きたい音を意識して聞く。
そこに何かヒントがあるはず。
自分のことを無視し続けると
他人の描いた人生を生きることになって、
いつかSOSのサインが出ることになる。
そっちじゃないよ、違うよ、って。
そこから病気に転じることもある。
小さなことからでいい。
自分の「したい」を叶える生き方を。
読んでくださり、ありがとうございました![]()