人はどこかで 明日がある と

信じて思っています

 

明日ある と思ってるから

来週の計画を立て

将来の心配を出来たりします

 

でも

 

よーくよーく考えれば

明日がある というのは

なーんも保障がないことで

 

そう言われれば

そうだよね となりますが

すぐに忘れて また明日の心配したりします




 

 ある意味

明日がある と思えているから

将来の夢 というものを持つことが出来たり

こんな風になりたい と期待することが

出来たりしますから

この世のストーリーをより楽しくするには

必須アイテムなのかもしれません

 

成長できる私

よりよくなれる私

幸せになっている私

と 夢見は尽きません

 

それがワルイことではありませんが

 

よーくよーく考えれば

明日がある という保障は 確証は

ないのです




 

もっと言えば

 

明日がある というのは

頭の中だけの思考の世界であり

いま しか ありません

明日には その時のいま があります

時間軸は頭の中の世界ですから

どこまでいっても

いま です

 

どの視点を採用しても

よいわるいはありませんが

 

明日がある ということで

いま 幸せになる 事が出来るのに

〇〇が出来たら とか

〇〇になったら とか

そんな明日以降に先延ばしにしている

幸せ があるならば

それはモッタイナイのかなと感じます




 

 

明日はない かもしれない

 

と腹の底から思えたとき

 

目の前に映るセカイは

変わるかもしれません

 

実際何の保障もない

明日が来る ということ

 

なぜそれを

明日もある と思えているのか?

そんなところに

意識を向けて観るのも

面白いかもしれません




 

さて

明日がないのかもしれないとしたら

 

いま なにをやりたいのでしょう


 

 

 

いつもお読み下さり

ありがとうございます

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 【note記事】
noteではもう少し緩めで感覚的な言葉で綴っています。よろしければ覗いてみてください