教室の前側の出入り口付近で、女子が四人で盛り上がっている。
皆で、一冊の本を見ては、高い声で笑ったり、悲観的な声を上げたり。
おそらく、今流行の占い本だろう。休み時間になれば、ドぎついピンク色のカバーを、あちらこちらで見かける。
占いに、そこまで熱狂できるなんて、全くもって尊敬に値する。
矢儀は、いっそ感心しながら「そう言えば」と、藤津に向き直った。
「いつだったか、女子に、おまえの生年月日を聞かれたわ」
一応伝えると、藤津はどうでも良さ気に、鼻で笑った。
占いに興じる女子をバカにしているのか。それとも、聞かれて当然と言わんばかりの笑みなのか。
たしかに、藤津は、モテる男子の部類に入るだろう。
痩せ型で眼鏡をかけ、見るからに賢そうな風貌。
生徒会の副会長を務め、教師の受けも良く、成績は学年ナンバーワン。
まったく、“優等生”を、絵に描いたような生徒だ。
だが、実際は、今、矢儀と向き合っている姿こそが、本性。
ゴシップ好きで、お喋り。根性はひん曲がっていて、恐ろしく口が悪い。
“好感の持てる優等生”など、所詮、女子たちの幻想に過ぎない。
今だって、藤津は、地図の上に右肘をついて「アホらし」と、せせら笑っているのだから。
矢儀は呆れ返って、二の句が継げない。
なんだか、藤津に憧れる女子たちが、気の毒になった。
矢儀の胸の内など知る由もない藤津は、愉快そうに喋り続ける。
「他にも、岡屋多恵には、ヒステリーや摂食障害なんかの精神疾患があったらしいぞ。噂じゃあ、精神科にも通院しちょったらしいし、薬を山ほど飲んじょって、自殺願望があって、実際、自殺未遂を繰り返しちょって――」
「そりゃ、どう考えても、全部、後出しじゃろ」
矢儀は、半分白けながら藤津の話を遮った。
「だいたい仁保中にそんな病的な生徒がおったら、とっくの昔に広まっちょるわ」
田舎では、悪い噂ほど一瞬で広まるものだ。
「やっぱ、そう思う?」
藤津は薄い唇を歪め、苦笑している。
嘘だと分かっていて、わざわざ噂の数々を披露するのだから、始末に悪い。
挙げ句は「そもそも噂が本当なら、とっくの昔に、俺の耳に入っちょったじゃろうし」と、平然と言ってのける。
矢儀は開いた口が塞がらない。なまじ当たっているだけに、空恐ろしい。
「俺は、おまえの将来が心配じゃわ」
思わず、心の声をそのまま口にした。
人が真面目に気に懸けているのに、藤津は、まるでどこ吹く風だ。
窓の外に目を遣り「それにしても、なんで飛び移れるなんて思ったんじゃろ」と、嘯く。
矢儀は諦めて、藤津の視線の先を追った。