クリスマス・イブ。
ひとりの青年がせまい部屋のなかにいた。
彼はあまりぱっとしない会社につとめ、
あまりぱっとしない地位にいた。
そして、とくに社交的な性格でなく友人も
いなかった。

恋人がほしかったが、それもなかった。
去年のやはりクリスマス・イブ、
来年こそは恋人を作り、
イブをいっしょにすごしたいものだなと思った。
しかし、その期待もむなしく、
こよいも彼はひとりですごさなければならなかった。

その青年の部屋は、せまく粗末で殺風景だった。
夕方にちらほら雪が降り、
それはやんだというものの、そとは寒かった。
その寒さは室内まで忍び込んでくる。
暖房も充分でなく、
また、つくりが粗末なので、寒さを防ぐことが
むずかしいのだった。

室内は殺風景で壁に絵もなく、
花も花びんすらない。
あたたかさを目に感じさせるものもなかった。
クリスマス・イブといっても、
それにふさわしいものは、
なにもない。

ただ一つあると言えるものは音楽だった。
青年は小型ラジオから流れるクリスマスの音楽を
小さな机にもたれて聞いていた。
ほかにすることもない。
その音楽を聞いていると、
あたたかい曲のはずなのに、
なんとなくさびしくなってくる。
自分がみじめでとるにたらない人間に
思えてくるからだった。

といって、ラジオの音楽をとめる気にもならない。
そんなことをしたら、
もっとやりきれない気分になるだろう。
さびしさは一種のなぐさめなのだ。
彼は洋酒のびんを出し、
それをグラスについでちょっと飲んだ。
「メリー・クリスマス」
と言ってみたかったが、
照れくさかったし、
ちっともメリーじゃないと気がつき、
声に出さなかった。

それでも、いくらか酔い、
青年はうとうとした。
そして、そのうち、
彼はそばに人のけはいを感じ、
はっとして顔をあげた。





つづく真顔





引用
『未来いそっぷ』より
「ある夜の物語」

昭和五十七年  八月二十五日 発行
著者 星新一
発行者 佐藤隆信
発行所 株式会社 新潮社