桜今日は先日お話した、死を受け入れるまでの5段階の続きをお話したいと思います



私は以前、お話した通り25の時に両親を立て続けに亡くしています

父は肝硬変、母は突然吐血をして倒れ、原因も分からないまま多臓器不全で亡くなりました


父はある程度病気で覚悟はしていましたが、救急車で運ばれて8日目、母は病院の診察を待っている途中で吐血、あまり意識も戻らないまま11日目で亡くなりました


父や母が亡くなった病院にはそれ以来1度も足を運んでいません

それだけでなく、その駅さえ1度も降り立ってはいないのです

用事がないからというのもありますが、言い換えれば用がなければ行きたくないというのが本音です

20年以上経った今でもです


ボランティアをして驚いたことは、遺族会の出席率の高さです


本来なら苦しい思い出のある病院、治ったなら分かりますが そこで亡くなっているのに1年くらいでまた足を運ぼうと思うなんてなぜ? とても不思議でした




でも次第に分かってきたことがあります


死を受け入れる5段階受容まで到達し、家族もまたそれを受け入れ、残りの時間を大切に過ごすことのできた人たちにとっては、苦しい病院生活もまた、大切で貴重な時間に変わるのです


遺族会に来る方だけでなく、何かの用事でいらした遺族、「1回忌が終わったのでここに来てみたの」と懐かしそうに以前よく座っていた椅子に腰掛け、お茶を飲んで少しだけ私たちとお話して帰られます



この間お父様を亡くしたばかりの方が病院の用事のついでにラウンジに寄ってくれたのですが、私が突然両親を亡くしたことを話すと、「かわいそう」とおっしゃいました


「私たちは限られた時間と言われて、それからはますます家族の絆が強くなったの。父と母は病院内を歩くときはいつも手を繋ぎ、亡くなる瞬間まで繋いでた」


私は初めてその方に、大変な思いをして看病している人に決して言ってはいけないと思っていた言葉、それでもなお、いつも思っていた言葉を初めて口にしました


   「うらやましい」と・・・

私は看病らしいことが何もできず、心の準備の無いまま、一人取り残されてしまった想いがずっと残っていたのです



残り少ない命

  絶望して時間を過ごすのか?

それとも

  大切に、今できることを精一杯過ごすのか?

まったく違うものになるのかも知れません


はたして私はどういう終末を選ぶのでしょうか?流れ星