前の彼氏との愛について書こうと思う。

私にとって彼とは[恋]じゃなくて、[愛]だった。




彼はサークルの先輩で、先に私が好きになった。


好きになったきっかけは彼の字を見たとき。

流れるように書いてるのに、整った、綺麗な字だった。


私は昔から字の綺麗なひとが好きだ。それは、男女問わず。


え、字だけで?と言われるが、

私にとって字が綺麗なことは、顔がかっこいいとか、性格が優しいとか、みんなの人を好きになるポイントと同じことだ。

もちろん、それだけで好きになるわけじゃないけれど。




そしてその字の綺麗な彼は、私の隣の部屋の住人だった。


彼氏と別れて一ヶ月くらいか。


大好きで、大切で、うまれて初めて愛してるってこういう事かって、幸せに感じてた時期もあった。




女の子なら今までに愛と恋の違いについて考えたことのある子は多いと思う。


きっと正確な答えなんかないのに、友達とそれぞれの意見を発表しあったりする。


そして、そういう考えもあるのかって納得したり、いやそこは違うだろって指摘したりを繰り返して、


自分の「恋・愛観」をかたちにしていく。


私もそうやって自分なりのそれを考えてきた。


私にとって「恋」とは相手よりも自分を優先するもので、「愛」とは自分より相手を優先するものである。






前の彼は私にとって完全に





「愛」だったと思う。



友達とランチした。


向こうが誘ってくれて、お店は私が決めた。


前に二度ほど行ったことのある、小さいけど流行ってるイタリアンのカフェ。


一回目は部活のセンパイと。二回目は大好きだった彼氏と行った。






三度目にして初めて気づいたけど、箸置きがダックスフンドの形をしていた。


実物より胴が長めに作られていて、その背中にフォークとかナイフを置く。


背中に重いものを背負わされているそれを見て、ダックスフンドはヘルニアになりやすいことを思い出した。


それを友達に話して、「なんで今その話~?」と笑われた。


「見て見て」と箸置きを指差すと、友達は納得し、また笑った。


そして、「ダックスフンドにはもうあと2本足があるべきだ」という話になった。


「でもそうしたらダックスは昆虫に分類されるようになるね」とアホな結論で締めくくった。







女子大生、最後の春休み。