今日はちょっとまじめなことを書きます。
例えば、授乳に役立つグッズを考え出す。
それがお母さんたちの役に立ち、ラクに授乳が
出来るようになった・・・として。
しかし、それは所詮、本質ではない、ということを
知っていてモノ作りしているかどうか、
ということは、とても大切です。
ここは、よく発明家が陥るエゴだ、と
私は思っています。
過去の私も含めて。
「モノ」が出来ることは、ほんの少しのお手伝い。
本来、人間は、上記の例でいえば、
自分で学習していく生き物。
というのも、先日、私が授乳介助について、
まだまだ手技が未熟だ・・・と悩んでいたら、
ある先輩助産師さんが、
「そんなのさー、ほうっておいても、
一ヶ月もすれば自分で出来るようになるか、
出来ないからとあきらめるか・・・
それは、お母さん自身が決めていくことだよね。
そこに自分の手技なんて、実はどうでもいい。
(と言うと、言いすぎだけどね・・・といってましたが)
単に少し早く取得できるかどうか、という差があるだけで。
私たちが出来ること、つまり、
このお母さんが自分で子育てしていけるようになることへの
介入、介助っていう本質は、そんな手技のことだけでなく、
他のところにあるよね。
逆に、そこは私はあなたに助けてもらっているところなんだよね。」
と言って励ましていただきました。
本質はどこか。
そういう捕らえ方をすると、こういう私がやっている商品開発、
というのは、本当にほんの「小さなきっかけ」でしかないわけです。
「なくてもいいけど、あったら助かった。」
という位置づけであって。
ということをわかっていて・・・
それでも、そこの位置に誇りを持つ、
誇りを持ってモノを作っていく、
ということが大切なんじゃないかな、
と感じたことでした。
やっぱり、こういう助産師さんがたくさんいる現場にいることで、
毎日学びがあって、刺激的です。
これからも、ますます、エゴに陥ることなく、
意識していなくては。
