誰だって、少なからずあると思う。
「見ていて欲しい」とか、「認められたい」願望って。
だから、頑張れることもある。
だから、先へ進める。
でも、この欲求そのものが、
「目的」
になると、とてもしんどくなる。
何かをするときの目的すべてが、
「誰かに認められたい、見ていて欲しい。」
になると、一気につらくなる。
毎日、人の目ばかり気にしなくてはならなくなる。
こんなにしんどい毎日はないのだ。
「きっと、誰かが見てくれている。」
「ああ、●●さんだけでも、認めてくれた・・・」
というのは、自分がすごく傷ついたとき、
どうしようもなく落ち込んだとき、
そういうときに帰り着く場所だと思っている。
そこで、
「ああ、こうして誰かが見てくれているんだ。」
と思えることがあれば、また頑張れるから。
また、そういうことを最初から求めずに動いたとき、
絶対に味方は現れる。
