離婚したばかりのとき、まず看護師に復帰した。
と思ったら交通事故にあって働けなくなったので、
緊急避難的に自営業になった。
(当時、マージン収入があったこともありまして。)
「どんな仕事をして生きていけばいいのか。」
と二人の小さかった子供たちを見ながら焦っていた
・・・んだと思う。
そんなとき、ある人に言われた。
「別に、仕事はひとつって決めなくてもいいんじゃない。
全部あわせて食べていけたら、それでいいわけだから
」
・・・![]()
頭の中で、鐘がなったような気がした。
どうして仕事はひとつだけ、と決め付けていたのだろう。
自分の中にあった
「仕事はひとつ、それを必死にすること。」
という決まり・・・みたいなものが崩れた。
また、看護師の免許をもっているからといって、
看護師をしなくてはいけない、という決まりもない。
ふと求人情報を見ていると、看護師の募集は40代まで
まだまだたくさんあった。
パートで働いた先に、70代の看護師さんが
しゃきしゃき働いていた姿も勇気をくれた。
当時、私は28歳。
「まだ、大丈夫。好きなことしてもいいかも。」
そうか、ここから自分で決めていいのか・・・
なんだか、知らない世界に降り立った気がした。
今思えば、確かに「資格」を持っている私は、
幸運だったな、とは思う。
まさか、こんなところで役立つとは!だったけれど。
今日、母子家庭で正社員、は5割を切るとニュースで見たけれど、
(交通事故遺児の家庭限定、だったのですが。)
つまり、正面から行くと、ふたりのうち一人に入らないと、
安定した仕事生活が送れないのだ。
ってことは、そこから外れるのだとすれば、
もう全然、そこから離れて、「その他●%」の人生を作ってもいいなあ、
みたいなことを、当時も思ったんだと思う。
正面からぶつかって、目指したレール(正社員)に乗れず
なんだか外された、みたいな悔しい思いをするくらいなら、
最初から、違う道を自分で作ってみるほうが楽しいな、って。
そこからいろんなことをしてみた。
途中のことは、また書いていこうと思うけれど、とにかく今、
私は好きなことをしながら生きている。
朝から晩まで、でも好きなことだから苦しくなんてない。
自分たちが生まれた昭和時代から、平成になって、
いろんなことが変化している。
まさか、一人一台、電話を持って、しかもそれでテレビが見れる
時代が来るなんて、子供のころには思ってもみなかったのだから。
そう思うと、働き方だって、「進化」してもいいだろ、と思う。
自分がそんなワンオブゼム、のモデルを作れたらうれしいな。
ま、太平洋に水一滴落とすようなもんだけどね![]()
