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「おおさかコミュニティービジネスファンド」

これが、私が「投資案件一号」と指定されたファンドの名前です。

いまでこそ、「ファンドの名前」なんていってますけど、

当時は、ちんぷんかんぷん、です。



それこそ、

「ひゃー、私、お金借りないとだめなの・・・???」

くらいの認識です。まるで何もわかりません。

そもそも、めっちゃ専業主婦だった私にとっては、

「お金を借りる」=「怖いお兄ちゃんに、取り立てられる」という

イメージでしかないのです!




「じゃあ、取材受ければいいよ。」




と片岡さん(投資家さん)。

そこには、すでに日本経済新聞の記者さんがこられてました。

「日経・・・日経・・・って日本経済新聞・・・?」



あの、日経です。大変です。




もう、次の日の朝刊には、

「ファンドの投資案件一号は、●●市の女性起業家」

と段取りで掲載されている始末。




「女性起業家、って私のこと???」

自分でも、まだピンとこない。

確かにカタチだけでも起業はしたんだけれど・・・。




「ちょっと夕夏ちゃん!!これって夕夏のことやんなー??」

と保育園ママからのメールも朝からガンガン入るし。




と、現実のスピードに自分の気持ちがついていかない中、

「始まってしまった。」というのが、率直な気持ちでした。

なんていうか、「運命」とでも呼びたいような。




そもそも、離婚して交通事故にあった時点で、これ以下はない、と思ったんだから、

あとは水面目指して、上昇するだけ・・・

まあ、偶然にもこんな風になったのなら、乗ってしまうのもいいか!

と生まれもっての「超楽天的」な私が顔を出しました。




日経を見た●●市が「この市民は誰だ?」と早速取材をかけてきたり、

そうして広報に載ってみたり。

すると、保育園で声をたくさんかけてもらえるようになって、友達が増えたり・・・





この想定の範囲外だった「日経デビュー」。

最初は「えー、新聞になんて載ってしまって、私、どうするんだろう・・・」

ともう、それはそれは、気持ちがドン引きしていたのですが、

「ま、いっかー」という気持ちにもさせてくれました。




「どうせやるなら、成功するまでやるか。」




こうして、私の本格的な・・・厳しい起業家人生が始まるわけです。

さあ、単なる主婦だった私が、投資案件になり、何からはじめて、

何を失敗し、何を学んだのか・・・次回をお楽しみに!