つづきから


退院した私は、子供と3人での生活をはじめました。

といっても、まだ動くのがやっとだったので、首に重々しい

コルセットのようなものをはめて、自転車を押しながら保育園に通う毎日。



ただ、保育園というのは、「働いているお母さん」でないと続けられないので、

何か仕事を見つけないと、保育園を辞めなくてはいけない・・・

といっても、看護師をするには体に不安もありました。

肉体労働だし、人の命を預かるわけだし。




というようなことを、中小企業診断士の資格をとったばかり、という同期の友人に

話していたら、




「個人事業はじめたらいいやん。税務署行って書類書いたらいいだけやし。」




と教えてくれました。




「え、そうなのーーーー?」




「事業」なんて、株式会社か有限会社、くらいのイメージしかなかった私には、

それはもう、びっくりな情報・・・

なぜなら、当時の私には、授乳服の実用新案で得ているマージン=収入があったのです。



「そうか、それを仕事にしたらいいんだ。」



というわけで、その日のうちに税務署に行って書類を提出。




今日から事業主


になったわけです。

といっても、カタチばかり。書類ばかり・・・。

もちろん、動かない体でも発明ならできそうだ、とやる気はあるわけですが。

なんせ、本当に収入があるから、強いといえば強い。

新規事業といえば新規事業なのですが、

なんせ、医療の世界と専業主婦の世界しか知らない私が、

どうやって事業を???



しかも、食べていけるほどのマージンをもらっていたわけでもないわけです。

貯金を崩しながらの生活が、いつまでも続くとは限らない・・・

とはいえ、思うように動かないからだ、そして小さい子供たち。




「でも、はじめたからには何とかしなくては!!」



だって、私はお母さんだもの、子供たちを育てなくては!

という思いだけで、私は『師匠』を探すことをはじめました。



「知らないのだから、誰かに教えてもらえばいいんじゃないか ひらめき電球



という安易な(?)考えで、私は近所のTUTAYAに通い、

ビジネスに関する本を読み漁るようになりました。



そうして、ある本と出会いました。

これが、後に私にいろんなことを教えてくれた人との出会いとなります。



続きはまた書きますが、それにしても「自分が知らない、というのを知らない」のが

一番もったいなくて、怖いことだなあ、と感じさせられます。

優等生で、まあまあ高学歴で来た割には、世間を知らなかったなあ、と。

この時期って、「そうか、私の知らないことって世の中にいっぱいあるのかも。」

と素直に思えたのが、よかったように思います。

自分を貪欲にさせてくれた、っていうか。



では、続きはまた。