久しぶりの更新。
昨日は22回目の誕生日だった。
誕生日といえば、ケーキとハッピーバースデイの歌。
お決まりの、誕生日おめでとう。
ずっと、このフレーズに違和感を感じていた。
年をとるということは、一歩死に近づくこと。
普通、死は回避したいものなのに、何故めでたいんだろう、と。
その疑問が最近、ようやく氷解した。
このおめでとうは、この日まで生き延びることができたことへの祝福だ。
年齢を重ねることができる幸運な人への、言葉なのだった。
目から鱗が落ちる思い、というのか。
年をとって死に近づくなんて、寿命を全うできること前提の、
それ自体が無意識の余裕からくる考えであることに気付いた。
日本は安全で、若くして命を落とすことは稀だ。
だから、年をとることができるのはあたりまえに思っていた。
しかし、それは恵まれた環境のおかげであるということを。
今、呼吸のできる幸運を。
噛み締めた。
昨日は22回目の誕生日だった。
誕生日といえば、ケーキとハッピーバースデイの歌。
お決まりの、誕生日おめでとう。
ずっと、このフレーズに違和感を感じていた。
年をとるということは、一歩死に近づくこと。
普通、死は回避したいものなのに、何故めでたいんだろう、と。
その疑問が最近、ようやく氷解した。
このおめでとうは、この日まで生き延びることができたことへの祝福だ。
年齢を重ねることができる幸運な人への、言葉なのだった。
目から鱗が落ちる思い、というのか。
年をとって死に近づくなんて、寿命を全うできること前提の、
それ自体が無意識の余裕からくる考えであることに気付いた。
日本は安全で、若くして命を落とすことは稀だ。
だから、年をとることができるのはあたりまえに思っていた。
しかし、それは恵まれた環境のおかげであるということを。
今、呼吸のできる幸運を。
噛み締めた。