私の中に定期的に且つ頻繁に出てくるものがある。
『頭がいい』という言葉。
つまり私はその言葉に対して何かしらの何かを抱えていて物申したいのだと思う。
私は大人になってからも暫くの間学歴コンプレックスを持っていた。現在はほぼない。学歴に左右される環境にいないからだ。
現在の世は誰かが勝手に決めたロールモデルがあって、人々はそれが正義とか正しいとか当然だと思っている節がある。私はそういう思い込みをここに来るまでに剥がしてきているので大分無くなったとは思うし、そもそもそれ誰基準?誰が決めたの?と思っていた人間なので元々ないと言ってもいいくらいなのだが、人は自分と他人を比較したがる傾向にある、というか無意識に他人と比較して自分は劣っている、と自己否定している部分があるように思う。
顕著なのは容姿かなと思うけれど今回は敢えて言葉の方に着目する。

『頭がいい』というのは何を基準に言っているのか本当に人それぞれ。私が昔思い込んでいたのは『勉強ができる』が頭いい、だったと思う。あと記憶力がある、ですかね。
でも『頭がいい』に特化した部分も多様なので、例えばIQが高い、論理的思考、語彙力があって説明・プレゼン上手とか挙げだしたらキリがないくらい私としては『頭がいい』と思える範囲は幅広い。
ちなみに地頭がいいというのも以前聞いたことがあるが、これは論理的思考力やコミュニケーション能力のことを言うらしい。
全てにおいて当てはまると思うが、どちらが良い悪いではなく、人より特化した部分というのはその人の個性であってそもそも比較することがナンセンスである。
優れている部分も劣っている部分も全部その人の個性であるから、私は誰がすごいのではなく皆すごいのだと思っている。だって同じ人間は存在しないのだから。
以前短期派遣で働いていた時の指揮命令者が同年の女性だったのだが、この人を仮にAさんとする。Aさんは他人に厳しい人でよく怒っていた。Aさんはよく人のことを「あの人には良いところを一つも見つけられない」とよく言っていた。
それを聞いた私の感情はお察しだと思うが、Aさんにとってはそれが真実だったのだろう。
捉え方も人が違えば千差万別。Aさんのことも素敵だな、と思う部分はたくさんあったが、人への評価や感情的に人格否定してしまう部分には共感できなかったししなかった。
ここは素敵だけどここは共感しない、そのように人を見ると基本的に嫌いな人はいなくなる。あくまで私の場合だが。
特に仕事での人間関係において、私はほぼ困ったことも悩んだこともない。いや、あるがほぼこの考え方で解決できる。
皆偏った見方をしているに過ぎない。
『頭がいい』から話が逸れてしまったが、同じ人間がいない限り前提が違うので比較とか意味ないよ、って話でした。
私は、私も素晴らしいしあなたも素晴らしいということをすべての人に伝えたい。