空手界において、1960~70年代から1995年までは、極真会館の全盛期であると思います。
学校の空手道部というものは、昔から伝統派の独壇場でしたが『空手バカ一代』~「地上最強のカラテ」、
相次ぐメディア戦略により、実社会においては、
伝統派を超えて、極真会館の活躍が目立っていたと考えます。
そのバックボーンとは、ビジネス的な概念で言えば、メディア戦略と大会ルールの更新です。
極真会館・故大山倍達総裁は見事に雑誌・映画・テレビ・ビデオと既存のメディアを駆使し、
試合ルールが改訂したり世代交代が行われたりするのを、世間にアピールしていきました。
メディア戦略だけではなく大会においても、
「如何に打撃を華麗に決めることができるのか?」
「柔道との差別化」というコンセプトをもとにルールを様々に改定していきます。
投げ掴みあり→投げなし掴みあり→掴みなし頭をつけての連打なし
といった具合に。
また、『空手バカ一代』からの伝統で、ヒーローを作るのが上手かった。『空手バカ一代』がヒット中の時は、
故・芦原英幸先生、添野義二先生といった道場の先生方がヒーローであり、
次に第一回全日本空手道選手権大会の王者、山崎照朝先生~第五回全日本空手道選手権大会盧山初雄極真館館長といった大会の優勝者や強者をピックアップして特集していきました。
この頃に秘伝・極真空手
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というシリーズで教本を作成し、当時の技術を残しております。
また、『空手バカ一代』の後は『パワー空手』誌やメディアエイト社の力が大きかったと考えられます。
『パワー空手』では「マス大山の正拳一撃」というコーナーで読者の皆様とマス大山を結び付け、
各支部での取り組みや黒帯を取った人間の体験記など、
色々な視聴者の意見や手紙を反映してくれるコーナーが盛りだくさんでした。
メディアエイト社は最初は大会のビデオが主体でしたが、
確か第五回大会前には「ザ・キョクシン」という基本・型・組手を網羅した教則VHSも出版しており、
平成初期の極真空手の技術を鮮明な画像で残すことができました。
そして総裁の死後、事態は大きく変わっていきます。.
今回はここまでといたします。