こんにちは、空手ひで です。
今回は空手界の過去から今までの大まかな歴史の流れについて考えていきたいと思います。


僕は現在松濤館流ですが、今までの人生において、極真会館に幼少期からお世話になり、
防具空手、和道会空手、再度極真会館、そして松濤館流と様々な流派を経験させていただきました。
その間、K-1創成記・リングスからパンクラス、PRIDEと格闘技全盛期を経験してまいりました。
この時期、空手はどちらかといえば、辛酸をなめていた格闘技の代名詞だったと思います。


K-1ではアンディ・フグやサム・グレコがピーター・アーツに苦戦し、
PRIDEではセーム・シュルトがヒョードルなど名のある選手に惨敗。
アラフォー世代の格闘技ファンは空手家が時々勝っても、

「あれ?ホームタウンデシジョンというか流派贔屓じゃね?」
みたいな判定を見たことがあるはずです。
古くは1970年代後半~2007年くらいまで。


実はこの時期には、伝統派よりフルコンタクト空手という空手が盛んだったと思います。
ところが現在は、堀口恭司など伝統派空手をバックボーンとした選手が活躍しつつあります。
しかも意外とKO率が高かったり、試合としても別に文句のない勝ち方だったりします。
そして現在は、伝統派や古流の空手が盛んに稽古される時代となっております。


ならば、フルコン空手の方が伝統派より弱いのでしょうか?
答えは「いいえ」です。流派間の強さは変わらない、というか比較は無意味と思います。
ではなぜこのような現状になっており、過去フルコンタクト空手の結果というものは微妙なのか?


答えは「状況が重なったから」
フルコンタクト空手のある種の幸運であり不幸は、
大山総裁が存在した時期に大きくかかわっていると思います。
本日はここまでといたします。