さて、掛谷英紀筑波大学准教授が、X(旧Twitter)にこの様な投稿をされました。

 

この追加投稿を踏まえますと、掛谷教授の主張の論点がより一層ハッキリと見えて来ます。
 
掛谷准教授は、ご自身の行為を「社員の個人情報を聞き出すこと」ではなく、「問題のある社員(を名乗る人物)に対する、会社の業務上の管理を確認すること」だと位置付けていらっしゃる訳ですね。
 
この説明には、検討に値する部分がございます。
 
会社の業務として行われた情報発信につきまして、会社に管理責任が有るのかを確認する事自体は、不当ではございません。
 
ただし、そこから直ちに、匿名アカウントの運営者の本名や勤務先を公に断定・拡散する事まで正当化される訳ではございません。
 
ここは、掛谷教授が掲げる「業務上の管理」という論点と、実際に行った情報公開の方法を分けて考える必要がございます。
 

①「業務上の管理」を確認することと、実際の問い合わせ内容

掛谷教授が公表されました問い合わせ文を、前回の引用に基づきまして整理しますと、質問は大きく3種類に分かれます。
  • 当該匿名アカウントが社員かどうか…本人確認として一定の関連性が有る
  • アカウントでの活動を会社が把握していたか、業務として投稿していたか…業務上の管理と直接関係する
  • アンケート情報の提供、収益の管理…事実であれば業務上の問題になり得る
  • 処分の予定や内容を公表するか…会社の管理責任の確認とは別に、従業員の人事情報に踏み込む質問
つまり、問い合わせの全てが「個人情報を聞き出す事」だという批判も正確ではございません。
 
一方で全てが純粋な業務管理の確認だという説明も、質問内容を個別に検討しなければ成立しません。
 
とりわけ、
  • 会社に処分の公表まで求めること
  • 業務上の不正の有無を確認すること
この二つは区別する必要がございます。
 

② 景品表示法の観点からも、会社への確認と公開の断定は別

消費者庁のステルスマーケティングに関するQ&Aでは、
従業員が個人のSNSで自社商品について投稿しても、それだけで直ちに事業者による表示と判断される訳ではない
と説明しています。
従業員の地位、担当業務、投稿目的など、実態に基づく判断が必要です。
 
また、景品表示法上のステマ規制は基本的に、
事業者が供給する商品・サービスの取引に関する表示
を対象としています。
 
したがいまして、当該匿名アカウントがm3.comの社員であったとしましても、ワクチンに関する個人的な投稿が同社の広告に当たるとは限りません。
 
会社に「業務として投稿していたのか」と尋ねる事には合理性があり得ます。
 
しかし、回答を得る前から本人の業務上の不正が有ったかの様に公表するのでしたら、別の問題が生じる可能性がございます。
 

③「利益相反がある人物が沢山いそう」という発言について

この発言も、論理的には分けて考える必要がございます。
 
仮に、ワクチンを推進するアカウントの運営者に利益相反が存在したとしましても、それは個別の証拠によって確認されるべき事実です。
 
「利益相反がある人物が沢山いそう」という推測だけでは、特定の人物に利益相反が有る事の証明にはなりません。
 
同様に、反ワクチン側にも利益相反が有る可能性はございますが、それを理由に個々の主張を否定する事も出来ません。
 
重要な事は、資金提供や雇用関係などの具体的な事実と、それが発信内容にどう関係したのかです。
 

④ この件の核心(?)

掛谷准教授の説明を最大限好意的に解釈するとしましたら、
  • 会社が業務として不適切な情報発信をしていた可能性を調べたい
という事になります。
 
その問題意識自体は理解する事は出来ます。
 
ただし、そこで必要な事は、次の手順です。
  1. 匿名アカウントと本人の同一性を確認する
  2. 雇用関係と業務上の関与を確認する
  3. 問題とされる投稿が、具体的にどの規則や法律に抵触するのか検討する
  4. 必要であれば会社や所管機関に確認・通報する
  5. 公開の際には、確認済みの事実と疑いを明確に区別する
「会社の業務管理を確認する」という目的が正当でございましても、その目的が、本人の名前や勤務先を公然と断定・拡散する方法まで自動的に正当化する訳ではございません。
 
今回の論点は、問い合わせをした事自体の是非だけではなく、疑惑の検証に必要な範囲を超えて、個人の身元や雇用上の立場を公表する必要が有ったのか?という点に有ると思いますが、皆さんはどの様に感じられましたか?
 
 
 
 
 
 

 

という事で、ここで告知です。

 

来たる11月1日(日曜日)は、栃木県小山市文化センター小ホールにおきまして、イーグルプロレスが興行を行いますので、お時間がございましたら足を運んでみて下さい。

 

なお、参考までに先日の7月12日に行われました興行の様子が、こちらになります。

 

また、同日11月1日(日曜日)には、札幌市西区はちけん地区センターにおきまして、EWAアマチュアプロレスが年内最後の自主興行を行いますので、是非ともご観戦下さい。
(恐らく、入場料は無料となるはずです)
 
そして、12月27日(日曜日)には名古屋市中区スポルティーバ・アリーナにおきまして、プロレスリング侍志團が興行を行いますので、年末でお忙しいかと思いますが、是非ご観戦下さい。
 

『辺野古沖抗議船転覆事件』におきまして、学校法人同志社は同志社国際高校の責任をどこまで認めたのかを考察しました動画を、YouTubeにアップしましたので、是非ご視聴下さい。

 

筑波大学の掛谷英紀准教授が、X(旧Twitter)に以下の投稿をされました。

掛谷英紀筑波大学教授の投稿

 

 

話題のアカウントは、反ワクチン厨が掲げます、
  • 誤情報
  • 欺瞞
などを分かり易くまとめておりました。
 
そのアカウントの“個人情報”が出回っている訳なんですよね。
 
特に犯罪を犯している訳でもないのに。
 
この投稿を読みます限りにおきまして、掛谷准教授の対応には批判されるべき点が有ると考えます。
 
ただし、ここは、
  • 反ワクチン言説に対する反論が、科学的に妥当だったか?
  • 反論をしていた人物の勤務先を特定しようとする行為が、正当な問題提起だったか?
  • その人物の勤務先に対して、個人のSNS活動を理由に説明や処分を求める事が妥当だったか?
という事を切り分けて考える必要が有るでしょう。
 
と申しますのも、これらは別々の問題だからです。
 
特に重要な事は、
  • 意見の内容を批判すること
  • 意見を述べた人物の雇用や生活に圧力をかけること
この二つは同じではないという点です。
 
整理して行きましょう。
 

① まず、勤務先の特定と会社への問い合わせは、どこまで正当なのか

掛谷准教授の投稿では、青山卓氏がm3.comの運営企業の社員であるという情報を前提に、会社への問い合わせを行っています。
 
ここで、確認すべき事は、
  • ワクチンに関する投稿の内容を批判する…正当な言論活動
  • 発信者の勤務先を調べる…調査目的や方法、公開の仕方による
  • 会社に社員かどうかを問い合わせる…問い合わせ自体が直ちに不当とは言えない
  • 個人の投稿について会社の説明責任を追及する…業務との関連性が必要
  • 会社に処分を要求し、その公表まで求める…業務との関連性や問題の重大性を慎重に検討すべき
という点です。
 
例えば社員が、
  • 会社の公式見解を装って虚偽の医療情報を発信していた
  • 会社の業務として情報操作を行っていた
  • 顧客情報を不正に利用していた
といった事情でしたら、会社への問い合わせには相応の理由がございます。
 
しかし、社員が個人として科学的な議論をしていただけでしたら、勤務先がその意見に対して責任を負うべきだとは限りません。
  • 会社に所属していること
  • 会社の業務として発信していること
この両者は別問題です。
 

② 特に問題だと感じるのは「処分の公表」まで要求している点

 掛谷准教授の問い合わせには、青山氏が社員だった場合の処分予定や、その処分内容を公表する予定まで尋ねる項目がございます。
 
私は、ここに強い違和感を覚えます。
 
企業が従業員を処分するか否かは原則としまして
  • 就業規則
  • 職務上の義務
  • 具体的な行為の内容
などに基づいて判断されるべきものです。
  • 個人のSNS投稿が業務に関係しているのか?
  • 会社の信用を具体的に損なったのか?
  • 守秘義務違反などが有ったのか?
といった事などを確認せずに、意見の内容を理由に処分を求めるのでしたら、適切とは言えないでしょう。
 
また、仮に会社が調査したとしましても、従業員の人事処分の有無や詳細を外部に公表する義務が当然に生じる訳ではございません。
 
プライバシーや人事情報の管理という問題もございます。
 
勿論、会社の業務として不適切な情報発信が行われたのでしたら、会社が説明責任を負う場合は出て来るでしょう。
 
しかし、それは個人の処分を公表する事とは別の話です。
 

③「犯罪者ではないのに、逃げ場を奪う」という問題

これは「非人道的」という評価をされる方がいらっしゃるとしましても、一定の理解が出来ます。
 
ただし、勤務先への問い合わせそのものを、直ちに人権侵害や嫌がらせと断定する事も出来ないでしょう。
 
問題は、その目的と手段、そして要求の相当性です。
 
例えば、次の様な流れになりましたら、深刻な問題です。
  1. ある人物が、自分とは異なる意見をSNSで発信する
  2. その人物の実名や勤務先を特定し、広く拡散する
  3. 勤務先に対して、投稿への説明や処分を要求する
  4. 本人が仕事上の不利益を受ける事を期待する様な言動を続ける
この様な行為が重なりましたら、単なる言論上の反論を超えまして、相手の社会的立場や生活基盤に圧力をかけ、発言を萎縮させる行為になり得ます。
 
勿論、掛谷准教授が実際にどこまでの意図を持っていたかは、この投稿だけでは断定する事は出来ません。
 
しかし、結果としましてその様な圧力が生じる可能性には、十分な注意が必要でしょう。
 
また、アカウントを鍵付きにしたことや、投稿を控えたことが事実だとしても、それだけで「逃亡」と表現するのは適切ではございません。
 
本人が嫌がらせや過度な注目を避けようとした可能性も有るからです。
 

④ 会社のアンケート情報や収益の問題は、別途検証が必要

掛谷准教授は、
  • m3.comのアンケート結果が青山氏に渡ったのか?
  • Xでの収益が会社に管理されていたのか?
といった点も問い合わせています。
 
これらは、仮に事実であれば検証する価値の有る論点です。
 
しかし、ここでも重要な点は、
  • 疑問を列挙すること
  • 疑惑が事実であるかの様に印象付けること
この二つを区別する事です。
 
現時点で私が確認する事が出来ました公開情報からは、
  • 当該アカウントの雇用関係
  • 会社の業務としての投稿だったのか否か
  • アンケート情報の提供の有無
  • 収益の管理状況
これらにつきまして、確定的な結論は出せません。
 
m3.comの運営企業であるエムスリー株式会社は、医療従事者向けの情報サービスなどを展開しています。
 
しかし、勤務先が同社であるというだけで、そうした問題が存在すると推定する事は出来ません。
 

⑤ 私の結論

私がこの一件で最も問題だと感じました事は、ワクチンをめぐる議論が、科学的な根拠の検証から、発信者の所属や雇用上の立場を問題にする方向へ移っている事です。
 
科学的な議論であれば、反論すべき対象は、相手の肩書でも勤務先でもなく、
  • 相手が提示したデータ
  • 研究方法
  • 推論
  • 結論
です。
 
仮に相手が誤った情報を発信していたとしても、その誤りを具体的に指摘すれば良いだけの話なのです。
 
反対に、自分の主張に反論されたからといって、相手の勤務先に処分を求める事が許される訳でもございません。
 
もっとも、組織的な情報操作や業務上の不正が疑われる場合は別です。
 
その場合は、具体的な証拠に基づいて調査を求める事が正当化され得ます。
 
更に掛谷英紀筑波大学准教授は、この様な事を主張されていらっしゃいます。

 

仮に、掛谷准教授の行為を正当化する基準が、
「不正行為の疑いが有れば、本人の本名と勤務先を公表して良い」
というものだとしましょう。
 
この基準をそのまま採用しますと、
  • 有罪判決を受けた人の実名と勤務先を公表する
  • 刑事裁判で争っている人の実名と勤務先を公表する
  • まだ捜査も始まっていない段階で、不正行為の疑いが有る人の実名と勤務先を公表する
などという問題が発生します。
 
ところが、これらは証拠の確かさも、本人の責任が確定しているかどうかも異なります。
 
「疑いが有る」というだけで公表を正当化するのでしたら、有罪判決を受けた人の公表を正当化する基準は、更に緩くなってしまいます。
 
ただし、これはその考え方を徹底した場合に生じる問題を示すものであって、有罪判決を受けた人なら誰でも勤務先まで公表して良い、という法的結論にはなりません。

ここで重要な事としまして、青山氏が何らかの犯罪で有罪判決を受けたという話ではなく、ワクチンに関する意見を発信していた匿名アカウントにつきまして、勤務先などを特定・公表されたという問題だという点です。
 
仮に、掛谷准教授が景品表示法違反の可能性を疑っていたとしましても、
  • 疑いがあること
  • 違法行為が確認されたこと
この二つは別です。
 
また、仮に何らかの違反が確認されたとしましても、それだけで本名や勤務先を世界中に向けて公表する必要性まで自動的に認められる訳ではございません。
 
公表の正当性は、疑惑の有無だけでなく、
  • 公表の目的
  • 必要性
  • 情報の確かさ
  • 本人の権利への影響
などを踏まえて判断されるべきです。
 
結局、掛谷准教授の主張を検討する上では、「誰が何をしたのか」だけでなく、「その情報を公表する必要が本当にあったのか」という基準も、同じ様に適用する必要が有ると思いますが、皆さんはどの様に感じられましたか?
 
 
 
 
 
 

 

したっけ、ここでいつもの告知とさせて戴きます。

 

来たる11月1日(日曜日)は、栃木県小山市文化センター小ホールにおきまして、イーグルプロレスが興行を行いますので、お時間がございましたら足を運んでみて下さい。

 

なお、参考までに先日の7月12日に行われました興行の様子が、こちらになります。

 

また、同じく11月1日(日曜日)には札幌市西区はちけん地区センターにおきまして、EWAアマチュアプロレスが年内最後の自主興行を行いますので、是非ともご観戦下さい。
(恐らく、入場料は無料となるはずです)
 

また、12月27日(日曜日)には名古屋市中区スポルティーバ・アリーナにおきまして、プロレスリング侍志團が興行を行いますので、年末でお忙しいかと思いますが、是非ご観戦下さい。

 

『辺野古沖抗議船転覆事件』におきまして、学校法人同志社は同志社国際高校の責任をどこまで認めたのかを考察しました動画を、YouTubeにアップしましたので、是非ご視聴下さい。

 

札幌市の成田ゆうき市議会議員が、X(旧Twitter)に以下の投稿をされました

 

そこで調べてみますと、立憲民主党の篠田江里子議員が、札幌市議会におきまして次の様な質問をされていらっしゃいました。
 
ところが発言全体を読みます限りにおきまして、議員はこの場で明示的に「HPVワクチンの接種を中止せよ」とは要求していません。
 
一方で、接種に慎重な姿勢を示し、リスク情報の提供と被害者支援を強く求めています。
 
これは「接種中止要求」と「接種への否定的な論調」を分けて評価する必要がある事例です。
 
整理して行きましょう。
 

① 接種実績から「接種への不安」を推察出来るか?

篠田議員の発言
「合わせて12万人、この対象者がいらしたことを考えますと、HPVワクチン接種に不安を持たれており、接種に慎重になっていただいていると私は推察をいたします。」 
根拠が不十分ですね。
 
接種実績だけでは、その理由を特定出来ません。
 
札幌市側の答弁によれば、2022年12月までの実績は次の通りです。
  • 定期接種の対象者…約4万人
  • キャッチアップ接種の対象者…約8万人
  • 定期接種の延べ接種件数…約3,100件
  • キャッチアップの延べ接種件数…約5,200件
  • 合計…約8,300件
ここで重要な事は、
  • 対象者数…人
  • 接種実績…接種回数
という事です。
 
HPVワクチンは複数回接種しますので、8,300件を3で割って約2,700人と推定する事は、正確な接種者数の算出方法ではございません。
  • 接種を始めたばかりの人
  • 2回目まで終えた人
  • 3回目まで終えた人
といった方たちが混在するからです。
 
また、接種率が低い理由としましては、例えば、
  • ワクチンの安全性に対する不安
  • 接種制度や対象年齢についての認知不足
  • 接種予約や通院の負担
  • 接種間隔やスケジュールの問題
  • 接種を検討している途中である
という事などが考えられます。
 
したがいまして、接種率が低いというデータだけから「市民が副反応を恐れて接種を控えている」と結論付ける事は出来ません。
 
接種しなかった理由を直接調べた調査などが必要です。
 

②「約1,000人に1人、重篤な症状は約1,800人に1人」という説明

篠田議員の発言
「厚生労働省が今まで発表しております副反応疑い報告ですけれども、約1,000人に1人、入院相当以上の重篤な症状は約1,800人に1人と報告をしている」
ですが、報告頻度の数値と、実際の副反応の発生リスクを区別する必要がございます。
 
厚生労働省は、接種後に生じた症状につきまして、ワクチンとの因果関係が明らかでない場合も含めて副反応疑い報告を収集しています。
 
報告が有った事自体は、ワクチンが原因だと確認された事を意味しません。
 
ここでは、次の3つを区別しなければなりません。
  • 副反応疑い報告率…接種後の症状について、報告された件数の割合
  • 因果関係が確認された副反応の発生率…ワクチンが原因と判断された事象の割合
  • 接種による超過リスク…接種した場合に、接種しなかった場合より追加的に生じるリスク
この3つは同じものではございません。
 
仮に、ある期間の報告頻度が1,000接種当たり1件だったとしましても、それだけで、
  • 「接種した人の1,000人に1人がワクチンによる健康被害を受ける」
とは言えません。
 
また、議員が引用されました、
  • 「約1,000人に1人」
  • 「約1,800人に1人」
という数値につきましては、
  • 対象となるワクチン
  • 集計期間
  • 報告の定義
  • 分母が接種人数なのか延べ接種回数なのか
といった事を、元資料で照合する必要がございます。
 
今回の議事録だけでは、数値の正確性までは確定する事は出来ません。
 

③「札幌市では21人目」「約1,750人のキャッチアップ接種者」という比較

篠田議員の発言
  • 「札幌市では21人目のこの副反応当事者が明らかになった」
  • 「約1,750人のキャッチアップ接種者から明らかになった」
この数字の組み合わせには、分母・分子の不一致という重大な問題がございます。
 
まず、約1,750人という数は、答弁のキャッチアップ接種の延べ5,200件を3で割った概算に近いものです。
 
しかし、これは実際に接種した人の正確な人数ではございません。
 
更に、仮に21人全員を1,750人で割りますと、約1.2%、つまり約83人に1人となります。
 
一方、議員自身が引用されました全国の副反応疑い報告頻度は、約1,000人に1人です。
 
両者の数字は大きく異なります。
 
ただし、ここで単純に「21人という数字が間違いだ」とも断定する事は出来ません。
 
21人が何を意味するのかを確認する必要が有るからです。
  • 札幌市で過去から累積した健康被害の相談者数なのか
  • 国の救済制度で認定された人の数なのか
  • 副反応疑い報告の件数なのか
  • 今回のキャッチアップ接種によって生じた症例なのか
これらは、それぞれ異なる集計です。
 
過去の累積人数を、特定期間のキャッチアップ接種者数で割る事は出来ません。
 
また、
  • 健康被害を訴える人
  • 救済制度で認定された人
  • 副反応疑い報告に記録された人
といった方達も、同じ集団とは限りません。
 
この部分につきましては、21人の出典と集計期間が明らかにならない限り、統計的に妥当な比較とは評価する事は出来ません。
 

④「ほかの定期接種と比べて副反応報告が約8倍」

篠田議員の発言
「ほかの定期接種のワクチンと比べて8倍ぐらい、この副反応報告の数が多い」
これは比較の元資料と算出方法が不明ですので、この発言だけでは検証不能です。
 
仮に報告頻度の比較が正しかったとしましても、それをそのまま、
  • 「健康被害のリスクが8倍だ」
と解釈する事は出来ません。
 
比較を検証するには、
  • 分母…接種人数か、延べ接種回数か?
  • 対象期間…各ワクチンで同じ期間か?
  • 報告対象…軽い症状も含むか、重篤な症状だけか?
  • 報告制度…医療機関報告と製薬企業報告の扱いが同じか?
  • 対象者…年齢、性別、基礎疾患などが異ならないか?
  • 因果関係…接種後の報告件数か、原因と確認された件数か?
などといった点を揃える必要がございます。
 
HPVワクチンでは、接種後に生じた症状につきまして、因果関係が明らかでないものも含めて報告を収集しています。
 
厚生労働省の資料にも、報告された症状と接種との因果関係を区別する必要が有る事が明記されています。

 

したがいまして、仮に報告頻度が他のワクチンより8倍高かったとしましても、それだけでは「HPVワクチンによる健康被害が8倍多い」とは結論付ける事は出来ません。
 
一方で、報告頻度の差そのものを無視して良い訳でもございません。
 
差が確認されたのでしたら、
  • 報告基準
  • 接種後の症状
  • 対象者の違い
などを調べまして、安全性評価に反映させる必要がございます。
 

⑤「性交渉の前に接種することで効果が期待される」

篠田議員の発言
「ヒトパピローマウイルスへの感染リスクが高まる性交渉を行う前に接種を受けることで効果が期待される」
この発言は、おおむね正確です。
 
ただし、その後の接種には意味が無いという事ではございません。
 
HPVワクチンは、接種前に感染していないHPV型への感染を予防するためのものですから、性交渉によりますHPV曝露が起こる前に接種する事が最も効果的です。
 
ただし、すでに性交渉を経験している人でも、ワクチンが対象とされます全てのHPV型に感染しているとは限りません。
 
ですから、未感染の型に対する予防効果が期待する事が出来ます。
 
ワクチンは既存のHPV感染を治療するものではありませんが、接種歴の無い対象者に対するキャッチアップ接種には医学的意義がございます。
 
日本の37自治体のデータを用いた症例対照研究によりますと、20~26歳の女性におきまして、HPVワクチンの接種歴が有る人は、CIN3以上の病変に対する発症予防効果が86%と推定されました。
 
ただし、この研究には接種ワクチンの種類や性交歴が不明という限界がございます。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001340022.pdf
 
つまり、「性交渉前の接種が望ましい」という説明は正しいものの、そこから「性交渉を経験したキャッチアップ接種対象者は、リスクを負ってまで接種する必要がない」と一律に結論付ける事は出来ません。
 
また、ワクチン接種後も子宮頸がん検診は必要です。
 
ワクチンで予防出来ますHPV型が全てではございませんので。
 

⑥「健康被害を受けた人がいる」「12年も症状と闘っている」

篠田議員の発言
「健康だったのに、治療方法も見つからず、あると言われていた補償もない女性たち125人が、今、全国4か所の裁判所で国と製薬会社を相手取り、集団訴訟をしており……」
この件は、
  • 健康被害の訴えや訴訟の存在
  • ワクチンとの因果関係が医学的に確認されたこと
この二つを分けて考える必要がございます。
 
接種後に症状が生じまして、長期間にわたり苦しんでいる方がいる事、医療機関での診療や学校生活・社会生活への支援が必要な場合が有る事は、決して軽視すべき問題ではございません。
 
ただし、
  • 接種後に症状が生じたこと
  • その症状がワクチンによって引き起こされたこと
  • 症状とワクチンとの因果関係が医学的に確認されたこと
  • 法的な損害賠償責任が認められたこと
  • 公的な予防接種健康被害救済制度の認定を受けたこと
といった事柄は、それぞれ別の問題です。
 
訴訟を起こされました事は、原告の主張を裁判で審理する必要が有る事を意味しますが、それ自体で医学的な因果関係や国・製薬会社の法的責任が確定する訳ではございません。
 
また、公的な健康被害救済制度は、民事訴訟における損害賠償責任とは異なる仕組みです。
 
救済制度の認定と、個々の症状につきましての医学的な因果関係評価も、同一ではございません。
 
したがいまして、
  • 被害を訴える人たちへの支援を求めること
  • その人たちの症状の原因が全てワクチンであると結論付けること
この二つを明確に区別する必要がございます。
 

⑦ HPVワクチンの安全性について、国際的な研究は何を示しているか

WHOのワクチン安全性諮問委員会(GACVS)は、HPVワクチンにつきまして、大規模な疫学研究や安全性データを継続的に評価しています。
 
2017年の評価では、複数の国の大規模研究におきまして、HPVワクチンと、検討対象となりました、
  • 自己免疫疾患
  • 神経疾患
  • 血栓塞栓症
などとの因果関係を示します新たな証拠は確認されませんでした。
 
また、接種者と非接種者を比較した研究でも、検討された重篤な有害事象の発生率に差は認められませんでした。

これは「接種後に健康被害を訴える人は存在しない」という意味ではございません。
 
個々の症状への対応や、稀有な有害事象の監視は引き続き重要です。
 
しかし、接種後に症状が発生したという時間的な前後関係だけでは、因果関係を確定する事は出来ません。
  • 接種者と非接種者を比較する研究や
  • 症状の発生率
  • 発生時期
  • 背景発生率
などを総合的に評価する必要がございます。
 
日本国内におきましても、HPVワクチンの安全性について、接種後の報告を継続的に集め、専門家による評価を行う仕組みが設けられています。

◎ おおむね正確

  • HPVワクチンは、HPV感染リスクが高まる性交渉の前に接種する事が効果的であるという説明
  • ただし、性交渉経験者にも予防効果が期待出来る場合も有る

◎ 根拠不十分

  • 接種実績の少なさから、市民が副反応を恐れて接種を控えていると推察した点…接種しなかった理由を示すデータが必要

◎ 統計上の問題有り

  • 「21人」と「約1,750人」を比較した点…人数の定義や集計期間が一致している事を確認する事が出来ず、これだけでは発生率を算出する事が出来ない
◎ 出典・比較条件の確認が必要
  • ほかの定期接種と比べて副反応報告が約8倍という主張
  • 仮に報告頻度の差が正しくても、因果関係のある健康被害のリスクが8倍という意味にはならない

◎ 事実と評価を分ける必要有り

  • 健康被害を訴える人や訴訟の存在については、その事実と、個々の症状の原因や法的責任が確定しているか否かを区別する必要が有る

⑨ 私が特に重要だと考える論点

この質疑で科学的に最も検証の必要が有ると思われます点は、次の2点です。
 

◎ 札幌市の「21人」とキャッチアップ接種の「約1,750人」という数字の関係

これらが同じ期間・同じ対象者・同じ定義に基づく数字なのかが不明なままでは、発生率を計算する事は出来ません。
 

◎「副反応報告が約8倍」という数字の解釈

報告件数の比較と、ワクチンが原因で生じる健康被害のリスクの比較は別の問題です。
 
因果関係を問わない報告件数を、そのままワクチンによる被害の発生率として説明するのでしたら、統計的な誤解を招きます。
 
一方で、接種後に症状が生じた人への診療・相談・教育支援の体制を整備するという議員の要求は、ワクチンの有効性や安全性に関する科学的評価とは独立して検討出来る課題と言えましょう。
 
 
 
 
 
 
したっけ、これより告知に移らせて戴きます♪
 

11月1日(日曜日)には栃木県小山市文化センター小ホールにて、イーグルプロレスが興業を行いますので、お時間がございましたら観戦をしてみて下さい。

 

なお、参考までに先日の7月12日に行われました興行の様子が、こちらになります。

 

 

同じく11月1日(日曜日)、札幌市西区はちけん地区センターにてEWAアマチュアプロレスの2026年最後となる自主興行が行われますので、お近くの方は足を運んでみては如何でしょうか。
(恐らく、入場料は無料となるはずです)
 

また、12月27日(日曜日)には名古屋市中区スポルティーバ・アリーナにおきまして、プロレスリング侍志團が興行を行いますので、年末でお忙しいかと思いますが、是非ご観戦下さい。

『辺野古沖抗議船転覆事件』におきまして、学校法人同志社は同志社国際高校の責任をどこまで認めたのかを考察しました動画を、YouTubeにアップしましたので、是非ご視聴下さい。

 

X(旧Twitter)に、こちらの投稿もございます。

 

恐らく、斎藤元彦兵庫県知事の支持者との会話なのでしょう。
 
文字起こしをしてみますと、おおよそこの様な感じになります。

 
この発言で注目したいところは、単に口が悪いという事よりも、自分の知性を他人を差別して良い理由として明示している点ですね。
 
このやり取りを分解してみますと、
  1. 「俺はかしこい」
  2. 「お前はアホ」
  3. だから「俺から差別される」
  4. 「それで良い」と肯定する
ここでは、
  • 知性の優劣という主張 → 他人を差別する権利が有る
という結論に進んでいます。
 
しかし、仮に菅野氏の方が特定の分野で知識や能力に優れていたとしましても、そこから相手を「人間以下」と扱って良いという結論は導けません。
 
能力の差と、人間として尊重される資格の差は、別の問題です。
 
整理して行きましょう。
 

① これは「自己肯定感が高い」だけなのか?

心理状態をこの発言だけで判断する事は出来ませんが、発言の構造としましては、自己肯定感というよりも、自分を相手より上位に置き、その優劣を相手への差別の根拠にしていると整理できます。
 
「俺はかしこいから」という部分が象徴的です。
 
仮に知識量や論理的能力に差が有ったとしましても、そこから導ける事は、せいぜい特定の課題について能力差が有るという事くらいです。
 
「相手の人権を軽く扱って良い」という結論にはなり得ません。
 
つまり、ここでは「賢い」という自己評価が、議論の為の根拠ではなく、相手を見下す為の資格証明の様に使われています。
 

② 民主主義との関係

動画内で相手が「それは民主主義の差別」と反論したという点も重要です。
 
民主主義は、全員の知識や能力が同じだと仮定する制度ではございません。
 
専門家の知見を尊重する事も、能力に応じて役割を分担する事も可能です。
 
しかし政治的な権利や人間としての尊厳を、ある人物が自分を賢いと考えているか否かで決める制度でもございません。
  • 知識や能力の差を認めること
  • その差を理由に人間を上下に分類すること
この二つは別です。
 
また民主主義の下では、斎藤氏を支持する人も批判する人も、その支持・不支持だけを理由に人間としての尊厳を否定されるべきではございません。
 

③ 前回の「PL法」発言と合わせて考えると

今回の発言と前回のエントリーで取り上げました発言には、共通して検討出来る点としまして、
  • 斎藤氏を「クソ弱者」「能力が低い」と評価する
  • 支持者を「人間以下」「無能」と呼ぶ
  • 自分は賢いから、相手を差別して良いと発言する
これらの発言に共通している事は、
  • 政策や具体的な行為の評価から離れて、相手の人間的価値そのものを低く位置付ける表現が使われている
という事です。
 
もっとも、これだけで菅野氏の人格全体や心理状態を判断することはできません。
 
また、動画は切り抜きですので、前後の文脈を確認する必要も有るでしょう。
 
それでも、引用されました発言そのものにつきましては、
  • 「自分は賢い」という主張が正しいか否か
  • 「だから相手を差別して良い」という主張が正しいか否か
この両者は全く別の問題です。
 
仮に前者が正しかったとしましても、後者は導けません。
 
そして、他者の差別や排除を批判するのであれば、自分が気に入らない相手に対しても、同じ原則を適用できるかどうかが問われます。
 
この一連の流れから、菅野完氏は「自己肯定感が高い(強い)」のではなく、単に「思い上がっている」だけなのかも知れません。
 
ここもザックリと整理しましょう。
 

①「自己肯定感が高い」と「思い上がり」は別物

  • 自己肯定感が高い…自分の存在や価値を認められるが、他人より優れていると考える必要は無い。
  • 自信が強い…自分の能力や判断を信頼している。
  • 自己評価が過大である…実際の根拠や実績に比べ、自分の能力や判断の正しさを高く評価する。
  • 思い上がり…自分を過度に高く評価し、他人を見下したり、自分の判断を特別扱いしたりする。
特に重要な点は、自分に自信を持つ事と、他人を低く扱う事は別問題だという点です。
 

② 菅野氏の発言から、何が読み取れるのか

今回の一連の発言では、少なくとも、次の点を検討する余地がございます。
 

◎ 自分の知性を、他者を見下す根拠として持ち出している

この動画の「俺はかしこいから」「お前はアホやから」という趣旨の発言からは、
  • 自分の知性を他者より優位に立つ為の根拠として提示している
という事になります。
 
しかし、仮に本人の知識や能力が高かったとしましても、それによって他人を「人間以下」と扱う事が正当化される訳ではございません。
 

◎ 批判の内容と、批判する側の優位性が混在している

本来、「相手の主張に問題が有る」と指摘をされるのでしたら、その主張のどこが、どの様な根拠によって誤っているのかを説明すれば良いだけのはずです。
 
ところが、自分の知性を理由に相手を見下すのでしたら、議論の焦点が「主張の正しさ」から「誰が上で、誰が下か」へと移ってしまいます。
 

◎ 家族への言及については、別の検証が必要

  • 斎藤氏のご両親やお子さんへの言及が、知事としての具体的な行動を検証する為に必要だったのか。
  • それとも、家族を持ち出す事で斎藤氏本人に心理的な圧力をかけることが主眼だったのか。
この違いは重要です。
 
なお、2026年6月には、菅野氏が斎藤知事に「人殺しやないか」と発言した事をめぐりまして、斎藤氏が名誉毀損罪で刑事告訴したと報じられています。
 
これは発言の強さや公人への批判のあり方を考える材料にはなりますが、それだけで菅野氏の人格や自己評価の程度まで証明出来る訳ではございません。
 

③ 注目した点

この一連の発言は、菅野氏の自己肯定感が高いか低いかという内面の問題以上に、自分の判断や能力を他者を見下す事の正当化に使っていないかという点にも注目します。
 
と申しますのも、自己肯定感や自尊心は本人の内面に関する概念ですが、他者を見下す発言は実際に確認出来る言動だからです。
 
また、
  • 相手の誤りを指摘する能力
  • 相手を侮辱することを正当化する能力
この二つは全くの別モノです。
  • 「自分は正しい」と確信していること
  • 「自分には他人を見下す資格がある」と考えること
この両者は違います。
 
更に、彼の一連の言動を見てみますと、少なくとも菅野完氏には、
  • 知性が有る
  • かしこい
とは思えないのです。
 
ここも改めまして、整理しましょう。
 

① 知識が有る事と、知性が有る事は違う

当然の話ですが、
  • 知識が豊富であること
  • 知性が高いこと
この二つはは同じではありません。
 
知性を評価するのでしたら、例えば次の様な点が重要になります。
  • 論理性…自分の主張に矛盾がないか?
  • 分析力…事実と推測を区別し、問題の構造を把握出来るか?
  • 批判的思考力…自分に都合の良い情報だけでなく、反証や反対意見も検討出来るか?
  • メタ認知…自分の知識や判断の限界を認識出来るか?
  • 議論の公正さ…相手の主張を正確に理解した上で反論出来るか?
勿論、これら全てが知性の全体を表す訳ではございません。
 
しかし、少なくとも他人を「アホ」と呼ぶ事自体は、知性の高さを示す証拠にはなり得ません。
 

②「相手を見下す能力」と「相手を論破する能力」は違う

例えば、相手の主張に誤りがございましたら、
  • どの主張が誤っているのかを特定する
  • 何を根拠に誤りと判断したのかを示す
  • 相手の反論にも対応する
  • 自分の主張に誤りがあれば修正する
こうした過程を経てこそ、議論の質を評価出来ます。
 
それに対して、「俺はかしこいから、お前はアホやから」という言い方では、相手の主張が正しいかどうかを検証していません。
  • 自分が賢いと宣言すること
  • 賢さを実際の議論で示すこと
この二つは別です。
 

③ 自分自身を客観視出来るか

私が特に重要だと思うのは、この点です。
 
知性の有る人でも、感情的になったり、他人を見下したりする事はございます。
 
一度の侮辱的な発言だけで、その人の知性全体を否定する事は出来ません。
 
ただし、同じ様な言動が繰り返されているのでしたら、個々の発言だけでなく、
  • 反対意見への対応
  • 論拠の示し方
  • 誤りを指摘された時の反応
これらを継続的に検証する価値がございます。
 
そこで一貫して論理の飛躍や事実の軽視が見られるのでしたら、少なくとも、その人の議論能力については批判的に評価する根拠になります。
 
もっとも、
  • 議論能力が低いこと
  • 一般的な知性が低いこと
厳密にはこの両者も別の問題です。
 

④ まとめ

菅野氏につきまして、これまでご紹介しました発言だけから、知性そのものの高低を断定する事は出来ません。
 
しかし、次の二つは明確に区別出来ます。
  • 菅野氏は知性が低い…本人の能力全体についての評価であり、十分な根拠が必要
  • 菅野氏のこの発言は、知性の高さを示すものではない…具体的な発言の内容から検討出来る評価
 後者でしたら、今回の「俺はかしこいから、お前はアホやから」という発言につきまして十分に議論する事が出来ます。
 
そして、これは菅野氏に限った話ではございません。
  • 他人の知性を評価すること
  • 他人を侮辱すること
この二つは違います。
  • 自分の知性を主張すること
  • それを証明すること
この二つも違います。
 
この区別が最も重要だと思いますが、皆さんはどの様に感じられましたか?
 
 
 
 
 

 

さて、ここでいつもの告知に移らさせて戴きます♪

 

11月1日(日曜日)には栃木県小山市文化センター小ホールにて、イーグルプロレスが興業を行いますので、お時間がございましたら観戦をしてみて下さい。

 

なお、参考までに先日の7月12日に行われました興行の様子が、こちらになります。

 

また、12月27日(日曜日)には名古屋市中区スポルティーバ・アリーナにおきまして、プロレスリング侍志團が興行を行いますので、年末でお忙しいかと思いますが、是非ご観戦下さい。

 

『辺野古沖抗議船転覆事件』におきまして、学校法人同志社は同志社国際高校の責任をどこまで認めたのかを考察しました動画を、YouTubeにアップしましたので、是非ご視聴下さい。

 

兵庫県知事の記者会見場から“出禁”措置を取られました菅野完氏が、斎藤元彦兵庫県知事のお子さんを標的にした様な動画を上げられました事は、以前の拙ブログにて紹介させて戴きました。
 
今回、菅野完氏がターゲットに据えられましたのは、斎藤元彦兵庫県知事のご両親です。

 

動画内で何を仰られていらっしゃるのかを文字で起こしましたのが、こちらになります。

 
これは単に「言葉遣いが悪い」という話ではなく、政治的な批判の対象を本人の言動や責任から、
  • 本人の能力
  • 出身地
  • 親の養育責任
へと広げている点が、まず問題になると思います。
 
特に気になります事は、
  • 菅野完氏の発言に、性質の異なる論点がいくつも混在している
という事です。
  • PL法を持ち出す部分…法律の概念を比喩として使っている
  • 「クソ弱者」「田舎の弱者」という部分…弱い立場に有る事を、侮蔑の言葉として使っている
  • 「能力が低いから東京に行けていない」という部分…居住地を能力の指標と見做している
  • 父親と母親への責任追及…成人した政治家本人の問題を、親の養育責任に結び付けている
これらは、分けて検討した方が良さそうです。
 

① PL法の比喩としても、かなり無理が有る

消費者庁の説明によりますと『製造物責任法(PL法)』は、
  • 製造物の欠陥によって生命・身体・財産に損害が生じた場合に、製造業者等の損害賠償責任を定める法律
です。
 
対象となる製造物は「製造又は加工された動産」です。

 

 

したがいまして、親の養育を製品の製造に見立てる事自体は比喩として可能だとしましても、実際のPL法の考え方をそのまま当て嵌める事は出来ません。
 
更に、この比喩には別の問題がございます。
 
製品に欠陥が有ると判断する為には、安全性や製造過程などを具体的に検討します。
 
ところが菅野氏の発言では、
  • 斎藤氏の何が具体的な「欠陥」に当たるのか
  • 親がどのような養育上の問題を起こしたのか
という説明がありません。
 
つまり、責任を問うための根拠を示す代わりに、気に入らない人物を「欠陥品」に見立てているだけなのです。
 

②「弱者」を侮蔑語として使う問題

「弱者」という言葉自体は、社会的・経済的に不利な立場に置かれた人を指す、正当な概念です。
 
しかし、この発言では「クソ弱者」「田舎の弱者」という言葉が、相手を貶めるために使われています。
 
しかも、「能力が低いから東京に行けていない」という説明が続きます。
 
ここには、少なくとも次の二つの論理的な問題がございます。
 

◎ 居住地と能力を混同している

東京に住んでいるかどうかは、能力を測定する指標ではございません。
 
仕事、家族、経済事情、本人の選択など、様々な要因が有り得ます。
 

◎ 弱い立場に有る事を、人格的な劣等性に結び付けている

仮にある人物に能力上の問題が有ったとしましても、それだけで「弱者」という属性を侮辱に使う事は正当化されません。
 
なお、斎藤氏が実際にどの程度の能力を持っているかにつきまして、この発言は客観的な評価材料を示していません。
 

③ 斎藤氏への批判と、親への責任追及は別の話

政治家でございましたら、その職務上の判断や行動につきまして厳しい批判を受ける事は当然ございます。
 
例えば斎藤氏の、
  • 県政運営
  • 公益通報への対応
  • 記者会見での説明
などにつきまして、具体的な事実を示して批判する事は出来ます。
 
しかし、そこから直ちに、
  • 「この人物を育てた親にも責任を問いたい」
とはなりません。
 
親の養育に具体的な問題が有ったという証拠も示されていないからです。
 
勿論、家庭環境が人間の成長に影響を与える事自体は否定出来ません。
 
ただし、
  • 人間の形成に影響すること
  • 成人後の行動について親に法的・道義的責任を負わせられること
この二つは全く別の命題です。
 
親の責任を論じるのでしたら、
  • どの様な行為に
  • どの様な根拠で
責任が有るのかを示す必要が出て来ます。
 

④ では、言論としてどこまで問題なのか?

法的評価と、言論としての妥当性は分ける必要がございます。
  • 政治的批判…公人の職務上の行動に対する批判か?
  • 事実の根拠…能力や養育上の問題について具体的な根拠が有るのか?
  • 表現の相当性…批判に必要な表現なのか、単なる侮辱なのか?
  • 法的責任、発言の文脈、公開範囲、社会的評価への影響などを踏まえ、名誉毀損等の要件を満たすか?
この発言だけから、直ちに名誉毀損が成立すると断定する事は出来ません。
 
公人への論評には広い自由が認められる一方で、政治的な発言であれば何を言っても良い訳でもございません。
 

⑤ 私がこの発言で特に気になるところ

菅野氏の主張を、あえて論理の形にしますと、次の様になります。
  1. 斎藤氏には批判されるべき問題が有る
  2. だから、斎藤氏は「能力が低い弱者」である
  3. その様な人物を育てた親にも責任を問いたい
しかし、1から2は導けませんし、2から3も導けません。
 
批判対象の行為に問題が有る事を示す事と、批判対象の人間そのものを劣った存在として扱う事は、論理的に異なります。
 
そして、政治家の言動を批判する立場の人が、能力や出身地を侮辱の材料にしてしまいますと、批判の根拠そのものが見えにくくなります。
  • 斎藤氏の政治的責任を厳しく問うこと
  • 斎藤氏を「クソ弱者」と呼ぶこと
この二つは両立させる必要が無い別の話です。
 
「斎藤氏のどの行為に、どの様な責任が有るのか」を具体的に論じる方が、批判としても検証可能です。
 
恐らく皆さんが感じられていらっしゃると思われます、この発言に対する違和感は、単なる言葉遣いの好みというより、批判の論拠と、相手を侮辱する言葉が混線している事への違和感として整理出来るのではないかと思います。
 
そして、もし菅野氏が、
  • 「政治的な批判なら、相手の能力や親の養育まで侮辱的に論じても構わない」
という立場なのでしたら、同様の論法を自分に向けられた際にも、その表現形式自体を理由に批判する事は難しくなるでしょう。
 
 一方で、「自分への同様の発言は許せないが、自分が他人に言うのは構わない」という立場なら、言論上の一貫性が問われます。

 
要するに、
  • 自らの言論によって、自分にも同じ基準を適用する様に求められる立場になった
という事です。
 
最初に引用しましたブログ記事に記しております通り、菅野完氏は斎藤元彦兵庫県知事のお子さんに向けて刃を突き付けたという“実績”がございます。
 
そして今回がご両親に向け刃を向けている訳です。
 
今回の件で、問題の核心は「刃を向ける相手」に有るのかも知れません。
 
菅野氏の発言では斎藤氏本人だけでなく、その両親にまで責任追及の対象を広げています。
 
そして、以前のお子さんに向けられました発言も踏まえますと、
  • 批判の矛先が、政治家本人の具体的な言動から、本人の周囲にいる人や家族へと広がっているのではないか
という疑問が生じます。
 
ここでは、
  • 批判の対象を広げること
  • 批判の根拠を強めること
この両者は別だという点が重要です。
 
本人の政治的判断に問題が有ると考えるのでしたら、その判断の事実関係や責任を追及すれば良いだけの話です。
 
ところが、子供や両親を持ち出しますと、本人の行為とは直接関係のない人まで侮辱や攻撃の対象になりかねません。
 
少し整理して行きましょう。
 

① 「本人に反論する」事と「家族に矛先を向ける」事

この二つは、攻撃の構造が全く違います。
 
本人の発言や行動を批判する場合、本人は自分の言葉で反論出来ます。
 
しかし子供や両親を持ち出しますと、本人の政治的責任とは別のところで、家族まで心理的・社会的な負担を負う可能性がございます。
 
特に、家族の行動が問題の原因だという具体的な根拠を示さず、単に「この様な人間に育てた親が悪い」と論じるのでしたら、それは本人の責任を追及する議論とは別物です。
 

② 菅野氏自身が示している基準との整合性

興味深い事に菅野氏は2022年12月、自分の子供に対する殺害予告がございました際に、
  • 「家族を標的にする行為は自分自身への誹謗中傷とは別問題だ」
としまして、警察に対応を委ねた経緯を公表しています。
 
両者を同一視する事は出来ません。
 
しかし、
  • 自分の家族が攻撃対象になる事を重大な問題として扱うのなら、他人の家族を批判に持ち出す際にも同様に慎重さが求められるのではないか
という問いは成立します。
 

③ この“行為”の正当性は?

戦術としましての構造を考えますと、本人の行動に対する具体的な批判ではなく、子供や親を持ち出して相手に精神的な圧力をかける場合、批判の対象を本人の責任から周辺の人々へとずらしてしまうという問題がございます。
 
ただし菅野氏が今回、意図的に家族を利用して相手を追い込もうとしたのか、その動機までは発言だけから断定出来ません。
 
そして次の点を問います。
  • 子供や両親を持ち出す事に、どの様な必要性が存在するのか?
  • 家族に責任が有るとする具体的な根拠は何か?
  • 自分の家族が同じ様に扱われた場合にも、その論法を認めるのか?
この三つに答えられなければ、少なくとも批判の論理的な正当性は弱いと言わざるを得ません。
 
相手本人への批判で論拠を示すのではなく、相手の家族まで持ち出す事で攻撃を強めるという様な構造になっているのでしたら、批判の鋭さというより、批判の対象と根拠の妥当性こそが問われるべきでしょう。
 
やっている事は、
  • 戦場では勝てないから、民間施設を攻撃してウクライナに戦場から引かせよう
とするロシアと似た様な発想だと私は感じましたが、皆さんは如何でしょうか?

 
 
 
 
 
では、これより告知になります。
 

11月1日(日曜日)には栃木県小山市文化センター小ホールにて、イーグルプロレスが興業を行いますので、お時間がございましたら観戦をしてみて下さい。

 

なお、参考までに先日の7月12日に行われました興行の様子が、こちらになります。

 

また、12月27日(日曜日)には名古屋市中区スポルティーバ・アリーナにおきまして、プロレスリング侍志團が興行を行いますので、年末でお忙しいかと思いますが、是非ご観戦下さい。

 

『辺野古沖抗議船転覆事件』におきまして、学校法人同志社は同志社国際高校の責任をどこまで認めたのかを考察しました動画を、YouTubeにアップしましたので、是非ご視聴下さい。