ヒトパピローマウイルス、所謂『HPV』につきまして、こちらの記事がございます。
今回は、こちらの記事につきまして掘り下げてみようと思います。
まず、この記事は既知の研究成果・事実・仮説・著者自身の推論をかなり混在させて書かれています。
結論から申し上げますと、「HPV常在ウイルス・エストロゲン制御モデル」は現時点では確立した学説ではなく、既存研究を組み合わせて構築された仮説です。
一方で、引用されている個々の研究の中には事実も多く含まれています。
しかし、それらを結び付けて「だからHPVは幼少期に常在感染している」という結論へ飛躍している箇所があります。
以下、主要な論点ごとに検証します。
①「15~19歳女性のHPV陽性率36%」…一部正しい
日本では小野木ら(2009年前後)の研究などで、15~19歳女性のHPV陽性率が30%を超える報告はあります。
しかし、その研究対象は婦人科受診者などであり、日本全国の一般女性を代表するサンプルではございません。
また、「15~19歳の多くは性経験がない」という前提も正確ではございません。
日本では初交年齢中央値は19~20歳前後ですが、“中央値”と記しているという事は「18歳以前に経験する人も相当数いる」という意味です。
したがいまして、「36%だから性行為では説明できない」とは言えません。
②「鶏と卵問題」…論理的誤り
記事では、
「最初に持っている人がいない」
としています。
しかし感染症では普通、感染者が少数存在すれば十分です。
HPVは世界中で非常にありふれたウイルスです。
WHOでも、
sexually transmitted infection
として扱われています。
性交経験が増える年代で急増する事も、世界中で確認されています。
③ 男性と女性で陽性率が違う…事実
これは研究でも知られています。
男性は女性より、
など複数部位で感染し、自然排除の様式も異なりますので、年齢別曲線が女性と一致しません。
これは「感染経路がおかしい」事の証拠ではございません。
④ HPVは傷がないと感染しない…概ね正しい
HPVは、基底細胞へ到達する必要がございます。
そのため、
などが感染成立に重要とされています。
しかし、「子宮頸部だけ例外」という説明は少々単純化されています。
⑤ 移行帯は一層だから傷不要…一部正しいが飛躍
移行帯(Transformation zone)が、HPV感染・発癌の重要部位である事は事実です。
しかし、だからといって「赤ちゃん全員感染する」とは言えません。
感染には、
など多数の条件がございます。
⑥ 新生児感染…事実
母子感染は昔から知られています。
『産道感染』、或いは『胎盤感染』も報告がございます。
しかし、その多くは数か月~数年で自然消失します。
つまり、「一生残る」証拠ではございません。
⑦ HPVは幼少期から潜伏している…現時点では証拠不足
ここが記事最大の飛躍です。
確かに、
はございます。
しかし現在まで、
を証明した前向き研究はございません。
記事自身も最後に認めています。
つまり、仮説です。
⑧ エストロゲンがHPV遺伝子を制御…事実
これは基礎研究で報告されています。
エストロゲン受容体が、HPV遺伝子発現へ影響する事は知られています。
しかしこれは、細胞実験・動物実験が中心です。
人体で「思春期のHPV急増の主因」まで証明された訳ではございません。
⑨ 排卵期はIgG低下…概ね正しい
女性ホルモンによりまして、粘膜免疫が変化する事は知られています。
しかし、その程度だけでHPV再活性化を説明できる証拠はございません。
⑩ 50代でHPV陽性率再上昇…事実
世界各国で、第二ピークは報告されています。
しかし原因は、
など複数説がございます。
まだ結論は出ていません。
⑪ 「検出=感染ではない」…正しい
PCRはDNAを検出します。
DNAが有る事と感染成立は、完全には同義ではございません。
これは検査医学でも認められています。
ただし、HPV検査は臨床的有用性が極めて高く、子宮頸がん検診にも利用されています。
⑫ 総合評価
私の評価では、以下の通りです。
◎ 事実として正しい部分…約60%
- HPVが基底層に感染すること
- 移行帯が重要であること
- エストロゲンがHPV遺伝子発現に影響すること
- 新生児感染があること
- 更年期以降にHPV陽性率が再上昇すること
- PCRの限界
◎ 推論・仮説の部分…約30%
- 幼少期の常在感染
- エストロゲンが主因で思春期に再活性化する
- 体内での部位間移動が主要経路
◎ 現時点では支持が弱い、または飛躍している部分…約10%
- 性行為による感染では説明できない
- HPVの主たる感染時期は乳幼児
- HPVワクチンの考え方を根本から覆す
となります。
したがいまして、この文章は興味深い仮説の提示として読む価値はございますが、現時点のエビデンスでは、HPVの主な感染経路が性行為であるという医学的コンセンサスを覆すものではございません。
今回の記事には少なくとも以下の論文・研究が引用されています。
- 小貫ら(2009)― 日本人女性のHPV陽性率
- Schiller & Davies(2004)― HPVワクチンの作用機序
- 1995年英国の小児HPV抗体研究
- 新生児の先天性頸管外反(生後1か月で68%)
- HPV遺伝子のエストロゲン応答配列(ERE)
- 排卵周期と子宮頸部IgG濃度
- 閉経後のHPV陽性率再上昇
- コンドーム介入試験
- 「検出」と「感染」の違いに関する論文
これらは一つひとつが独立した専門分野の論文でして、それぞれにつきまして、
- 原著論文を確認
- 方法(Methods)
- 対象集団
- 統計解析
- 著者自身の結論
- 記事での引用の正確性
- 引用が飛躍していないか
まで確認すると面白いかと思います。
という事で、
- 小貫ら(2009)(記事の出発点になっているため)
- Schiller & Davies(2004)(「体内で部位間移動」という重要な主張の根拠)
- 1995年英国の小児HPV抗体研究
- エストロゲン応答配列の論文
- 残りの論文
という順番で、一つずつ検証して行こうと思います。
という事は、もう皆さん、お分かりですよね。
今回も一週間近い連載になるという事です(笑)
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